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築地【つきじ】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

築地
つきじ
東京都中央区南部,隅田川河口右岸の地区。明暦3(1657)年の明暦の大火ののち低湿地が埋め立てられたところで,多数の大名屋敷があった。日本海軍の発祥地で,1923年の関東大震災後には日本橋から魚市場(→魚河岸)が移り,2018年10月まで青果食肉も含めた中央卸売市場として都民台所をまかなっていた。築地本願寺朝日新聞社国立がん研究センターなどもある。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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デジタル大辞泉

ついじ〔ついぢ〕【築地】
《「つきひじ(築泥)」の音変化》
柱を立て、板を芯として両側を土で塗り固め、屋根を瓦で葺(ふ)いた塀。古くは、土だけをつき固めた土塀。築地塀。築垣(つきがき)。
《屋敷の周囲に築地をめぐらしたところから》公卿堂上方。また、その邸宅

出典:小学館
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:田中牧郎、曽根脩
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つき‐じ〔‐ヂ〕【築地】
海やなどを埋めてつくった陸地。埋め立て地。

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つきじ【築地】[地名]
東京都中央区の地名明暦の大火後の埋め立て地。銀座に接する地域。明治初期には外国人居留地が置かれた。本願寺築地別院東京劇場などがある。

出典:小学館
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防府市歴史用語集

築地
 場所を区画するための土塀です。塀の上には屋根がついています。

出典:ほうふWeb歴史館
Copyright 2002,Hofu Virtual Site Museum,Japan
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世界大百科事典 第2版

ついじ【築地】
築泥(ついひじ)からの転で,字のごとく本来は練り土を積み上げて造った塀。在知られている最も本格的なものは,1尺(約30cm)ほどの石積みの基礎上の両側に6~10尺ごとに須柱(すばしら)と呼ばれる柱を立て,その外面幕板という仮枠をあててその中に練り土を入れ,で突き固める〈版築(はんちく)〉という手法による。柱上に簡単な小屋を組み葺きとする。《延喜式》によれば,最上のものは高さ1丈3尺(約4m),最下部の厚さ6尺(1.8m),最上部の厚さ4尺(1.2m)におよぶ。

出典:株式会社平凡社
Copyright (c) Heibonsha Limited, Publishers, Tokyo. All rights reserved.

つきじ【築地】
東京都中央区南部の地名。隅田川右岸に接し,西は首都高速道路1号線に限られる。行政上は築地,明石(あかし)町,入船,新富(しんとみ)の各地区からなる。明暦の大火(1657)後,江戸市中の焼土を利用して埋立地として造成されたもので,名称もそこに由来する。浄土真宗本願寺派別院(築地本願寺)が日本橋浜町から移転し,これを中心に江戸時代は備中岡山藩中屋敷浜御殿(現,浜離宮公園)などの武家地大半を占めていた。

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家とインテリアの用語がわかる辞典

ついじ【築地】
土をつき固めて作った垣の上部に瓦(かわら)やで屋根をいた塀。木の柱を設けるもの、横筋を入れるものなどもある。飛鳥(あすか)時代に仏教とともに伝わったとされ、法隆寺西院のものは国の重要文化財に指定されている。◇「築地塀」ともいう。

出典:講談社
(C)Kodansha 2011.
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精選版 日本国語大辞典

ついじ ついぢ【築地】
〘名〙 (「ついひじ(築泥)」の変化した語)
① 土で造った垣根。両側に板を立て、内に土をつめ、つき固めて造った塀。須柱があるものとないものとがある。土塀。築地塀。築垣。築地垣。築地まわり。
※竹取(9C末‐10C初)「ついぢのうへに千人、屋の上に千人、〈略〉空ける隙もなく守らす」
※源氏(1001‐14頃)須磨「なが雨に、ついぢ所々崩れてなむときき給へば」
② (大規模な築地塀をめぐらしているところから) 御所、または堂上方・公卿の邸宅。また、公卿。堂上方。
※評判記・難野郎古たたみ(1666頃)玉井浅之丞「さだめて京そだちならばついぢのうちの御ながれか」

出典:精選版 日本国語大辞典
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ついんじ ついんぢ【築地】
〘名〙
※浄瑠璃・都の富士(1695頃)四「爰に一きは森深くついんぢ高き御寺有」
② 堂上方(どうじょうがた)、公家衆の事。もともと築地塀は堂上方の邸に用いられたところからいう。
※浮世草子・棠大門屋敷(1705)二「身が主人儀は亭主が存知のごとく、ついんぢがたの奥勤め」

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つき‐じ ‥ヂ【築地】
[1] 〘名〙 海や沼などを埋めて築きあげた土地。埋立地。
[2] 東京都中央区南部の地名。隅田川河口の右岸にあり、広くは湊町・明石町(旧鉄砲洲)から浜離宮庭園までの埋立地を含めていう。明暦三年(一六五七)の大火以後に埋め立てられ、本願寺別院(築地本願寺)などが移されて市街地となる。明治元年(一八六八)から同三二年まで、鉄砲洲明石町に外国人居留地が置かれ、洋風建築が並び、劇場も多く、文明開化の先端をいく異人町としてにぎわった。

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