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純粋経験【ジュンスイケイケン】

デジタル大辞泉

じゅんすい‐けいけん【純粋経験】
哲学で、反省を含まず、主観客観が区別される以前の直接に与えられた経験W=ジェームズ西田幾多郎らの哲学にみられる。

出典:小学館
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世界大百科事典 第2版

じゅんすいけいけん【純粋経験】

出典:株式会社平凡社
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日本大百科全書(ニッポニカ)

純粋経験
じゅんすいけいけん
pure-experience

理知的な反省が加えられる以前の直接的な経験、すなわち、あとからつけ加えられた概念、解釈、連想、構成などの不純な要因をあたう限り排除することによって得られた原初的な意識状態をさす。おそらくは幼児がもつと思われる、自と他、物と心といった区別が生ずる以前の未分化で流動的な意識のことをいう。

 この純粋意識を基礎に置く哲学には、マッハおよびアベナリウスの経験批判論、ジェームズの根本的経験論、ベルクソンの純粋持続の哲学などがあげられる。これらは実証主義から形而上(けいじじょう)学までその立場に違いはあるものの、新カント派などにみられる主知主義的傾向およびデカルト以来の物心二元論に対する根本的な批判の姿勢を有することにおいて軌を一にする。とくにジェームズは、純粋経験をもっとも基本的な実在としてとらえ、いっさいの観念や理論をこの直接所与、多即一の流動的実在から説明しようと試みた。わが国では西田幾多郎(きたろう)が、ジェームズや禅仏教の影響下に、主客未分、認識とその対象とがまったく合一した意識状態を純粋経験と名づけ、それを自己の哲学の出発点に据えた。

[野家啓一]

『W・ジェイムズ著、桝田啓三郎他訳『根本的経験論』(1978・白水社)』『西田幾多郎著『善の研究』(岩波文庫)』

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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精選版 日本国語大辞典

じゅんすい‐けいけん【純粋経験】
〘名〙 哲学で、まだ主観・客観に分かれない根源的な直接経験をいう。ウィリアム=ジェームズにおける「意識の流れ」や、ベルグソンにおける「純粋持続」の類。また、西田幾多郎は、ジェームズらの考え方に禅体験を加味して独特のものを作りあげた。
※善の研究(1911)〈西田幾多郎〉一「純粋経験は直接経験と同一である」

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