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紫衣事件【しえじけん】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

紫衣事件
しえじけん
江戸時代,朝廷大徳寺妙心寺僧侶に出した紫衣勅許江戸幕府が無効とした事件幕府は慶長 18 (1613) 年紫衣着用に関する法令を出していたが,紫衣着用の許可は古くから朝廷が行なってきたことであり,この時期には勅許による収入が朝廷の重要な財源となっていた。宗教統制,寺院管理を目指していた幕府は,後水尾天皇侶十数人に対して出していた紫衣着用の勅許を寛永4 (27) 年無効として着用を禁じた。後水尾天皇はこれによって退位を決意するほどの打撃を受け,幕府の政策を批判した大徳寺の沢庵宗彭 (たくあんそうほう) らは処罰された。幕府が朝廷を抑圧し,みずからの権力優越を示そうとした事件。

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朝日新聞掲載「キーワード」

紫衣事件
1627(寛永4)年に江戸幕府が、朝廷から大徳寺などの高僧紫色法衣袈裟(けさ)の授与を規制。2年後、幕府の措置に反対した大徳寺の僧、沢庵(たくあん)を出羽に、玉室を奥州棚倉に一時流罪とした。幕府の決定が朝廷の勅許より優先することを示した歴史的な事件。
(2010-12-14 朝日新聞 朝刊 福島中会 1地方)

出典:朝日新聞掲載「キーワード」

デジタル大辞泉

しえ‐じけん【紫衣事件】
寛永4年(1627)朝廷に対する江戸幕府の優越を示した事件。後水尾天皇大徳寺妙心寺の僧に与えた紫衣着用の勅許を幕府が無効であるとし、これに抗議した大徳寺の沢庵らを処罰した。

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世界大百科事典 第2版

しえじけん【紫衣事件】
1627年(寛永4)7月,以心崇伝や老中土井利勝らは,大徳寺・妙心寺の入院出世が勅許紫衣之法度(1613年6月)や禁中並公家諸法度(1615年7月)に反してみだりになっているととがめた。しかるに翌春,大徳寺の沢庵宗彭玉室宗珀江月宗玩や妙心寺単伝士印らは抗議書を所司代板倉重宗に提出したため,江戸幕府は態度を硬化させ,29年7月,あくまで抵抗した沢庵を出羽国上山に,玉室を陸奥国棚倉に,単伝を出羽国由利に配流し,さらに,1615年(元和1)以来幕府の許可なく着した紫衣を剝奪した。

出典:株式会社平凡社
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大辞林 第三版

しえじけん【紫衣事件】
1627年、大徳寺・妙心寺などの僧への紫衣着用の勅許を、江戸幕府が無効とした事件。これに抗議した大徳寺の沢庵らは処罰され、後水尾天皇は退位した。しいじけん。

出典:三省堂
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日本大百科全書(ニッポニカ)

紫衣事件
しえじけん
江戸初期、幕府の朝廷統制圧迫の政策を示す一事件。紫衣は紫色の法衣や袈裟(けさ)をいい、もともと宗派を問わず高徳の僧尼が朝廷から賜ったもので、早くから行われ、その尊さを表すと同時に朝廷にとっては収入源の一つでもあった。幕府は寺院・僧侶(そうりょ)圧迫の手段として1613年(慶長18)「勅許紫衣竝(ならび)に山城(やましろ)大徳寺、妙心寺等諸寺入院の法度(はっと)」を定め、さらに2年後には「禁中並公家諸法度(きんちゅうならびにくげしょはっと)」(禁中并公家中諸法度)を定めて紫衣や上人(しょうにん)号をやたらに授けることを戒めているが、後水尾(ごみずのお)天皇は、これまでの慣例どおり、幕府に相談なく十数人の僧侶に紫衣着用の勅許を与えてきた。これを知った幕府は、事前に勅許の相談のなかったことを法度違反とばかり多くの勅許状の無効を宣言し、朝廷をも抑えて実力を示そうとした。この紛争が紫衣勅許事件である。大徳寺の宗彭(そうほう)(沢庵(たくあん))らは抗議して服従せず、1629年(寛永6)配流の刑に処された。これは江戸初期の朝廷と幕府の不和確執の最大のものといわれる。これによって後水尾天皇に退位を決意させることになったと考えられてきたほどの深刻な打撃を与えた朝幕間の大きな対立であった。[小野信二]
『小野信二著「幕府と天皇」(『岩波講座 日本歴史 近世2』所収・1963・岩波書店)』

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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精選版 日本国語大辞典

しえ‐じけん【紫衣事件】
寛永四年(一六二七)、天皇が幕府の法度を無視して出していた大徳寺、妙心寺などの僧に対する紫衣着用勅許の綸旨を、江戸幕府が無効であるとした事件。朝廷に対する幕府の優越を示した。

出典:精選版 日本国語大辞典
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旺文社日本史事典 三訂版

紫衣事件
しえじけん
江戸初期,幕府が後水尾天皇の高僧への紫衣勅許を無効とした事件
1627年,幕府は,朝廷側を抑えようとして,元和('15〜24)以後に与えられた紫衣着用の勅許を無効とし,これに抗議した大徳寺の沢庵らを流罪とした。天皇は幕府の同意を求めず譲位で抗議し,女帝明正天皇が即位した('29)。これは '15年制定の禁中並公家諸法度に,紫衣勅許は事前に幕府の許可が必要であるということによったもので,これにより朝廷に対する幕府権力の優越性が明確にされた。

出典:旺文社日本史事典 三訂版
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