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脇坂安治【わきざかやすはる】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

脇坂安治
わきざかやすはる
[生]天文23(1554).近江
[没]寛永3(1626).8.6. 信濃,飯田
安土桃山~江戸時代初期の武将。通称,甚内。安明の子。初め明智光秀,のち豊臣秀吉に仕え,天正 11 (1583) 年賤ヶ岳の戦いには七本槍の一人として勇名をはせ,山城に1万石を与えられた。同 13年従五位下中務少輔に任じ,和泉高取で2万石,さらに淡路洲本3万石を領するにいたった。関ヶ原戦いには東軍に属し,慶長 14 (1609) 年伊予大洲5万石に移された。

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デジタル大辞泉

わきさか‐やすはる【脇坂安治】
[1554~1626]安土桃山・江戸初期の武将近江(おうみ)の人。通称、甚内。賤ヶ岳の七本槍の一人。豊臣秀吉に仕えたが、関ヶ原の戦いで徳川方に通じ、伊予大洲5万3千石に封ぜられた。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plus

脇坂安治 わきざか-やすはる
1554-1626 織豊-江戸時代前期の大名。
天文(てんぶん)23年生まれ。田付孫左衛門の子。母の再嫁で脇坂安明(やすあきら)の嗣子となる。明智光秀,豊臣秀吉につかえ,賤ケ岳(しずがたけ)の戦いでは七本槍のひとりとして活躍。天正(てんしょう)13年淡路(あわじ)洲本(すもと)城主。3万石。関ケ原の戦いで徳川方にねがえった。慶長14年伊予(いよ)(愛媛県)大洲(おおず)藩主脇坂家初代。5万3500石。寛永3年8月6日死去。73歳。近江(おうみ)(滋賀県)出身。通称は甚内。

出典:講談社
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

世界大百科事典 第2版

わきざかやすはる【脇坂安治】
1554‐1626(天文23‐寛永3)
安土桃山時代の武将。近江国浅井郡脇坂に生まれる。はじめ甚内を称した。明智光秀に仕え,のち豊臣秀吉に属し,1583年(天正11)賤ヶ岳の戦における奮戦により,賤ヶ岳七本槍の一人として賞される。85年従五位下中務少輔に叙任,淡路洲本城3万石となる。小牧長久手の戦,九州征伐小田原征伐に戦功をあげる。文禄・慶長の役では水軍として朝鮮出動。関ヶ原の戦では豊臣方より徳川方に寝返り,1609年(慶長14)伊予大洲5万3000石を襲封。

出典:株式会社平凡社
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日本大百科全書(ニッポニカ)

脇坂安治
わきざかやすはる
(1554―1626)

豊臣(とよとみ)秀吉、徳川家康時代に活躍した武将。賤ヶ岳(しずがたけ)七本槍(しちほんやり)の一人。朝鮮の役に水軍の将として武功を表した。江戸時代に入り伊予(いよ)(愛媛県)大洲(おおず)5万余石の城主。近江(おうみ)国浅井(あざい)郡脇坂村(滋賀県長浜(ながはま)市小谷丁野町(おだにようのちょう))に生まれる。初め明智光秀(あけちみつひで)に属し、ついで豊臣秀吉に仕えた。1583年(天正11)秀吉と柴田勝家(しばたかついえ)とが戦った賤ヶ岳の戦いで七本槍と称される一番槍の功名をたてた。この後、従(じゅ)五位下、中務少輔(なかつかさのしょう)に叙任され、大和(やまと)(奈良県)高取2万石を経て知行(ちぎょう)3万石の淡路洲本(すもと)城主とされた。1590年秀吉の小田原攻めに船手の将として参戦し、朝鮮両度の役にも水軍として出動し奮戦した。1600年(慶長5)の関ヶ原の戦いでは西軍に属していたが、決戦のとき東軍に加わり、本領を安堵(あんど)された。1609年伊予大洲に転封。1615年(元和1)致仕し、京都に閑居し、同所で没した。

[林 亮勝]

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精選版 日本国語大辞典

わきざか‐やすはる【脇坂安治】
安土桃山・江戸初期の武将。近江国(滋賀県)の人。通称、甚内。はじめ明智光秀に、次いで豊臣秀吉に仕え、賤ケ岳の七本槍の一人に数えられる。多くの戦功をあげ、淡路国(兵庫県)洲本三万石の領主となった。関ケ原の戦いで徳川方に通じ、伊予国(愛媛県)大洲五万三〇〇〇石に封ぜられた。天文二三~寛永三年(一五五四‐一六二六

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