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自由劇場【じゆうげきじょう】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

自由劇場
じゆうげきじょう
劇団名。 (1) 2世市川左団次小山内薫主宰。 1909年 11月イプセン作,森鴎外訳『ジョン・ガブリエル・ボルクマン』を有楽座において2日間試演,以来 10年間に9回の公演および試演を断続的に行い,翻訳劇 10種,創作劇6種を紹介し,日本の新興脚本や新興演劇術のために一つの道を開いた。初めて会員組織による無形劇場を興し,モスクワ芸術座の『どん底』を忠実に移植した『夜の宿』をはじめチェーホフ,ハウプトマン,メーテルランクその他の西欧近代劇を移入し,吉井勇,長田秀雄,秋田雨雀,菅野二十一らの新人作家を世に送り出した意義は大きい。ただ,坪内逍遙の「文芸協会」のように俳優養成機関をもたず,左団次一座の歌舞伎俳優を主体 (女方,女優共演) にしていたため,左団次が松竹専属になるなど,俳優がそれぞれ梨園に足場を固めるとともに当初の目的を失い,19年9月の帝劇公演を最後に終った。 (2) 演出家の程島武夫を中心に小山源喜,藤原新平らによって 1958年5月に結成,旗揚げ。ボルヘット,A.ウェスカーらの戯曲上演した。 63年9月解散。 (3) 俳優座養成所出身の佐藤信,斉藤憐,串田和美吉田日出子らを中心に結成,1966年 11月に佐藤作『イスメネ・地下鉄』で旗揚げ。 68年,六月劇場などとともに演劇センター 68 (現黒テント) に合流参加したが,その後串田,吉田を中心に再興され,75年オンシアター自由劇場として再出発した。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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デジタル大辞泉

じゆう‐げきじょう〔ジイウゲキヂヤウ〕【自由劇場】
1887年、フランスのアンドレ=アントワーヌがパリに創設した劇団。イプセンストリンドベリトルストイらの戯曲を上演、近代劇運動の出発点となった。
明治42年(1909)小山内薫(おさないかおる)・2世市川左団次らが近代劇の研究・上演を目的として結成した劇団。同年第1回試演。大正8年(1919)以後自然消滅。

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デジタル大辞泉プラス

自由劇場
東京都港区にある劇場。2003年、劇団四季が、劇団創立50周年を記念して開設。座席数は約500席。四季劇場[春]、[秋]に隣接。主にストレートプレイを上演。「JR東日本アートセンター自由劇場」とも。

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自由劇場
日本の劇団。1966年、俳優座の養成所出身の佐藤信、斉藤憐、地井武男、串田和美、吉田日出子らを中心に結成。旗揚げ公演は佐藤信・作、観世栄夫・演出の「イスメネ・地下鉄」で、東京都港区西麻布の劇場「アンダーグラウンド・シアター自由劇場」のこけら落し公演でもあった。1968年、六月劇場、発見の会と合流し「演劇センター68」を組織。翌年には発見の会メンバーが離脱して「演劇センター68/69」となり、グループは数年の活動とテント公演による巡業を経て、現在の劇団黒テントへと発展するが、串田和美、吉田日出子らは数年の活動の後にこのグループを離脱、かつての拠点である「アンダーグラウンド・シアター自由劇場」に戻り、「オンシアター自由劇場」を立ち上げた。

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自由劇場
東京都港区西麻布にあった小劇場。1966年、劇団自由劇場(のちのオンシアター自由劇場)の活動拠点としてオープン。「六本木自由劇場」「アンダーグラウンド・シアター自由劇場」ともいう。1996年、同劇団解散に伴い閉館跡地ライブスペース新世界」となっている。

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世界大百科事典 第2版

じゆうげきじょう【自由劇場】
フランスのA.アントアーヌによって1887年に創設された劇場,およびそこを拠点とした演劇革新運動をさす。19世紀後半のフランスは,商業主義に基づいたスター中心主義,ウェルメード・プレー(いかにも〈お芝居〉らしく巧みに作られた作品)全盛の時代であったが,そのような演劇への根源的レベルでの反抗として,そしてまた,時代の有力な文学上の思潮であった自然主義の影響下に,アントアーヌを一人の媒介者として生まれ出たのがこの自由劇場であった。

出典:株式会社平凡社
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精選版 日本国語大辞典

じゆう‐げきじょう ジイウゲキヂャウ【自由劇場】
[一] 一八八七年、フランスのアントワーヌによって設立された小劇場。近代の演劇革新運動(自由劇場運動)の発祥地。
[二] 日本の劇団の一つ。二世市川左団次と小山内薫が中心となって、近代劇研究・上演を目的に発足。明治四二年(一九〇九)一一月東京有楽座で、第一回試演としてイプセン作「ジョン‐ガブリエル‐ボルクマン」を上演。大正八年(一九一九)第九回公演をもって終わった。
※青年(1910‐11)〈森鴎外〉九「自由劇場(ジイウゲキヂャウ)の発表があるのを待ち兼ねてゐたやうに」

出典:精選版 日本国語大辞典
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旺文社日本史事典 三訂版

自由劇場
じゆうげきじょう
明治・大正時代の新劇の劇団
イギリスの無形劇場システムにならい,2代目市川左団次と小山内薫 (おさないかおる) らが結成。1909年東京の有楽座で初演。イプセンやゴーリキーなど,当時画期的な翻訳劇を中心に上演した。文芸協会と並んで新劇運動を開拓し,またその運動の発展に貢献した。

出典:旺文社日本史事典 三訂版
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