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若山牧水【わかやま ぼくすい】

美術人名辞典

若山牧水
歌人。宮崎県生。名は。早大卒。尾上柴舟師事し、浪漫的色調をもって歌壇に進出した。旅と酒を愛した歌人として親しまれ、そのは広く愛誦される。紀行文・随筆にも優れたものがある。昭和3年(1928)歿、44才。

出典:(株)思文閣

朝日新聞掲載「キーワード」

若山牧水
本名は若山繁。明治18(1885)年8月24日、現在の日向市東郷町坪谷医師の家に生まれる。坪谷尋常小学校、延岡高等小学校から県立延岡中学(現延岡高校)に入学。15歳で初めて短歌をつくり、18歳で牧水を使う。早稲田大学に進学し、23歳で第一歌集海の声」を出版。旅と酒と自然を愛し、生涯で約8600余を詠んだ。晩年は静岡県沼津市に住み、43歳でした。
(2015-06-28 朝日新聞 朝刊 宮崎全県・1地方)

出典:朝日新聞掲載「キーワード」

デジタル大辞泉

わかやま‐ぼくすい【若山牧水】
[1885~1928]歌人。宮崎の生まれ。本名、繁。尾上柴舟(おのえさいしゅう)に師事。前田夕暮とともに自然主義歌人として一時代を画した。旅と酒の歌が多い。歌誌「創作」を主宰。歌集「海の声」「別離」「路上」「死か芸術か」「山桜の歌」。

出典:小学館
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デジタル版 日本人名大辞典+Plus

若山牧水 わかやま-ぼくすい
1885-1928 明治-昭和時代前期の歌人。
明治18年8月24日生まれ。尾上柴舟(おのえ-さいしゅう)に師事。平明流麗な歌風で,旅と酒の歌人として知られる。紀行文や随筆もおおい。明治43年から歌誌「創作」を主宰。妻喜志子(きしこ)も歌人。昭和3年9月17日死去。44歳。宮崎県出身。早大卒。本名は繁。歌集に「海の声」「別離」「死か芸術か」など。
【格言など】白玉の歯にしみとほる秋の夜の酒は静かに飲むべかりけり(「路上」)

出典:講談社
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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

世界大百科事典 第2版

わかやまぼくすい【若山牧水】
1885‐1928(明治18‐昭和3)
明治・大正期の歌人。本名繁(しげる)。宮崎県生れ。早稲田大学英文科卒。中学時代から歌や文章を諸雑誌などに投稿し,上京後は尾上柴舟(さいしゆう)に師事した。《海の声》(1908),《独り歌へる》(1910)を出したが,これらに新作を加えた《別離》(1910)で歌名を定めた。同年創刊された《創作》の編集を担当し,のちに創作社を結び,これをみずからの主宰誌とした。浪漫的心情を朗々とした調べにのせたところに特色があるが,《路上》(1911)以後自然主義的傾向を深めた。

出典:株式会社平凡社
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大辞林 第三版

わかやまぼくすい【若山牧水】
1885~1928 歌人。宮崎県生まれ。本名、繁。早大卒。尾上柴舟に師事。前田夕暮と並び明治40年代に自然主義歌人として一時期を画した。旅と酒を愛し、感傷的な旅中詠にすぐれる。歌誌「創作」を主宰。歌集「海の声」「別離」「死か芸術か」「山桜の歌」など。

出典:三省堂
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

若山牧水
わかやまぼくすい
[生]1885.8.24. 宮崎,坪谷
[没]1928.9.17. 沼津
歌人。本名,繁。 1908年早稲田大学英文科卒業。在学中から尾上柴舟の車前草社同人となり,歌集『海の声』 (1908) ,『独り歌へる』 (10) を発表,これらに新作を加えた『別離』により一躍歌壇の花形となった。『別離』は青春の苦悩の解決を自然に求めようとした恋と旅の歌集で,そこに初めて対象化された近代人の悲愁が大きな反響を呼んだ。しかし『路上』 (11) では自我意識の苦悶と寂寥とがうたわれ,さらに自然主義の影響を受けた『死か芸術か』 (12) ,『みなかみ』 (13) などの退廃的な作風に傾いた。歌誌『創作』を断続的に発行,主宰。『くろ土』 (21) から『山桜の歌』 (23) にいたる晩年の歌集では平明で素朴な世界を開いている。没後は妻の若山喜志子が『創作』を主宰,発行を続けた。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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日本大百科全書(ニッポニカ)

若山牧水
わかやまぼくすい
(1885―1928)
歌人。本名繁。明治18年8月24日、医師若山立蔵(りゅうぞう)の長男として宮崎県東臼杵(ひがしうすき)郡坪谷(つぼや)村(現日向(ひゅうが)市)に生まれる。延岡(のべおか)中学時代から作歌、牧水と号し、早稲田(わせだ)大学英文科に入るとともに尾上柴舟(おのえさいしゅう)門下となって雑誌『新声』の歌壇に拠(よ)る。1908年(明治41)卒業と同時に歌集『海の声』を出版し、10年出版の第三歌集『別離』によって同門の前田夕暮(ゆうぐれ)とともに歌壇に「牧水・夕暮時代」を現出させ、前後2回の短い新聞記者のほかは、もっぱら歌人として生活する。20年(大正9)東京から静岡県沼津に移り、28年(昭和3)9月17日に没したが、西行(さいぎょう)、芭蕉(ばしょう)と並称されるほど旅を愛し、また酒を愛することも深かった。浪漫(ろうまん)主義、自然主義の影響を受けた初期から歌風は平明清澄、声調は流麗で広く愛唱され、「幾山河(いくやまかは)越えさりゆかば寂しさのはてなむ国ぞけふも旅ゆく」「白玉(しらたま)の歯にしみとほる秋の夜の酒は静かに飲むべかりけり」の青春時代から「うす紅(べに)に葉はいちはやく萌(も)えいでて咲かむとすなり山ざくら花」などの円熟した後期の自然詠まで、全国のその歌碑は現在100基を超えている。また1910年創刊の歌誌『創作』を生涯主宰し、全国多数の新聞雑誌歌壇の選者として広く後進を導き、歌のほか優れた紀行文、随筆が多く、生地に記念館がある。
 なお、夫人喜志子(きしこ)(1888―1968)は長野県東筑摩(ひがしちくま)郡広丘村(現塩尻(しおじり)市)の生まれ。女流歌人として知られ、牧水没後『創作』を主宰した。[大悟法利雄]
『『若山牧水全集』全13巻(1958~59・雄鶏社) ▽『若山牧水全歌集』(1975・短歌新聞社) ▽大悟法利雄著『若山牧水伝』(1976・短歌新聞社) ▽『若山喜志子全歌集』(1981・短歌新聞社)』

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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精選版 日本国語大辞典

わかやま‐ぼくすい【若山牧水】
歌人。宮崎県出身。本名繁。早稲田大学英文科卒。尾上柴舟に師事。旅と酒を愛し、平明な歌風により自然主義歌人として活躍した。著「海の声」「別離」「死か芸術か」「山桜の歌」など。明治一八~昭和三年(一八八五‐一九二八

出典:精選版 日本国語大辞典
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