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荀子【じゅんし】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

荀子
じゅんし
Xun-zi
中国,戦国時代末の儒家の人。名は尊称は荀 (孫) 。一時の「稷下の学」に属したがのちに行き,蘭陵小吏となりそこで客死した。著書は『荀子』 32編。性悪説を唱え,孟子性善説に反対してはいるが,しかし,本来悪である人間をと楽を中心とする訓練によって徳化することをすすめているから,真の意味の性悪説ではない。荀子の思想の中心は,努力の積重ねによって,人間はにも悪にもなるというものである。したがって,天と人間との間には相関関係があるとする当時流行の天命思想 (→天人相関説 ) を退け,天界からの人間界に対する運命的な影響を否定した。人間の努力と,それを形式化した礼を重視したところから,法家にも似た厳格な思想が生れ,それが弟子韓非子李斯の考え方として発展している。性悪を唱えたために,性善説を正統とする中国思想界では長い間『荀子』の書は読まれず,その研究は清朝に入ってからのことである。

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デジタル大辞泉

じゅん‐し【荀子】
[前313ころ~前238ころ]中国、戦国時代の趙(ちょう)の思想家。名は況。荀卿と尊称される。祭酒となり、のち楚(そ)春申君に仕えた。孟子性善説に対し、性悪説を唱えた。
中国、戦国時代の思想書。20巻。32編。。性悪説の立場から、礼法による道徳の維持を説いたもの。

出典:小学館
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世界大百科事典 第2版

じゅんし【荀子 Xún zǐ】
前298?‐前235ころ
中国,戦国時代の思想家。は荀,名は況,荀卿(じゆんけい),孫卿と尊称される。趙(山西省)の人。諸国を遊説しており,趙では侵略主義に反対して王道にもとづく戦略論を展開し,秦においては天下統一に儒教の理論が不可欠なことを強調している。50歳以後,斉,楚で学究生活を送り,晩年には楚の蘭陵県の県令となった。荀子の学問は,社会生活における人間行為の現実的動因をいかに把握するかということから出発した。そして,それに妥当する法則を打ち建てること,これが帰着点であった。

出典:株式会社平凡社
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大辞林 第三版

じゅんし【荀子】
○前298~前238頃 中国、戦国時代、趙ちようの思想家。名は況。荀卿けい・孫卿とも尊称される。斉の襄じよう王や楚の春申君に仕えた。孟子もうしの性善説に対して性悪説を唱え、またそれまでの諸子の学を大成し、儒学を倫理学から政治学へ発展させた。
中国、戦国時代の思想書。二〇巻。荀子著。成立年代未詳。礼・義を外在的な規定とし、それによる人間規制を重く見て性悪説を唱えた。のち、韓非かんびなどに受け継がれ、法家思想を生む。

出典:三省堂
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日本大百科全書(ニッポニカ)

荀子
じゅんし
紀元前3世紀ごろの中国の思想家。高級官僚でもあった。名は況(きょう)。荀卿(じゅんけい)、孫卿(そんけい)ともよばれた。趙(ちょう)の国(現、河北省西部から山西省北部)の人。50歳ごろには斉(せい)の国(山東省)に遊説し、稷下(しょくか)に集まった学者たちの間で長老として優遇されることもあった。しかし、まもなく中傷されて楚(そ)の国に移り、春申君(しゅんしんくん)に取り立てられて蘭陵(らんりょう)(山東省南部)の知事となった。前238年に春申君が暗殺されたあとは官を追われ、そのまま任地の蘭陵で没している。
 孔子(こうし)(孔丘)、孟子(もうし)(孟軻(もうか))の後輩で、儒家の系列に入る。『荀子』20巻32篇(へん)の著作が残っている。その中心思想は、たゆみない努力の持続の重視である。このいわば努力主義とでもよべる基本的な考え方から、孟子の性善説に対して有名な性悪説が生まれている。人間の本来の性質は悪であるが、後天的な作為、努力しだいでは聖人になれる、というのである。また、古代中国では、災害は天の意思表示とみなされていたが、人間の後天的努力を重視する荀子は、両者の相関関係を否定した。また、古代の神話的天子(先王)を君主の理想像とする伝統的考え方に対して、政治はいちばん近い時代において現実に努力した王、つまり「後王(こうおう)」の定めた政策や制度に従うべきだ、という後王思想をも主張している。ただし、現実と、現実を変える努力を重視する荀子の考え方は、現実よりも理想論をたてまえとする儒教では異端視され、彼の説が注目されるようになったのは、実に清(しん)朝も18世紀に入ってからのことであった。[福井文雅]

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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精選版 日本国語大辞典

じゅん‐し【荀子】
[一] 中国、戦国末の思想家。名は況。趙の人。はじめ斉の祭酒となり、のち、楚の春申君に仕えた。荘周や五行説を否定し、孟子の性善説に対して性悪説を唱えた。著「荀子」。荀卿(じゅんけい)。孫卿。(前二九八頃‐前二三八頃
[二] 中国の儒家書。二〇巻。周の荀況(じゅんきょう)撰。荀況とその学派の著作三二編を集録。前三世紀頃成立。「勧学」「礼論」「性悪」などの諸編で礼を価値規準とした哲学・倫理・教育・政治などに関する論評・随想を述べ、孟子の「性善説」に対して「性悪説」を唱え、善なる偽(人為)を高揚して個人の能力主義を主張、世襲制・血縁制を否定している。孫卿新書。

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旺文社世界史事典 三訂版

荀子
じゅんし
前298ごろ〜前235ごろ
戦国時代の儒家。荀卿 (じゆんけい) ・孫卿ともいう
趙 (ちよう) の人。名は況 (きよう) 。初め斉 (せい) に,のちに楚に仕え,孟子の性善説に対し性悪説を唱えたが,善への可能性を認め,悪である性を礼によって矯正すべきことを主張した。この説は法家的色彩が強く,その門下から韓非 (かんぴ) や李斯 (りし) らの法家が出た。その著『荀子』20巻は現存する。

出典:旺文社世界史事典 三訂版
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