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荒木宗太郎【あらきそうたろう】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

荒木宗太郎
あらきそうたろう
[生]? 熊本
[没]寛永13(1636).11.7. 長崎
安土桃山時代の朱印船貿易商。名は一清。熊本藩士の家に生れ,天正 16 (1588) 年長崎飽 (あく) のに移住して貿易に従事,タイやベトナム地方に航海。ベトナムでは安南国王の外戚にあたる阮氏の信用を得,元和5 (1619) 年その娘アニオーとして帰国した。その船旗にはオランダ東インド会社社章を用いた。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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デジタル大辞泉

あらき‐そうたろう〔‐ソウタラウ〕【荒木宗太郎】
[?~1636]江戸初期の朱印船貿易商。肥後の人。豊臣秀吉朱印を受けてシャムなどに渡航安南王女を妻とした。

出典:小学館
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デジタル版 日本人名大辞典+Plus

荒木宗太郎 あらき-そうたろう
?-1636 織豊-江戸時代前期の商人。
長崎で貿易商となり,豊臣秀吉から朱印状を交付され,みずから暹羅(シヤム)(タイ)や安南(アンナン)(ベトナム)にでかけた。元和(げんな)5年安南国王の外戚(がいせき)阮(げん)氏の娘と結婚し,鎖国とともに帰国して長崎にすんだ。寛永13年11月7日死去。肥後(熊本県)出身。名は一清。通称はのち惣右衛門。

出典:講談社
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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

世界大百科事典 第2版

あらきそうたろう【荒木宗太郎】
?‐1636(寛永13)
江戸初期の朱印船貿易家で長崎の有力町人。名は一清,通称惣右衛門。肥後国の出身で1588年(天正16)ころ長崎に移り,飽ノ浦に住んで貿易を行った。記録の上では1606年(慶長11)に暹羅(シヤム)に,10年には交趾(コーチ)に,そして19年(元和5)から32年(寛永9)まで数回交趾にみずから渡航したが,交趾の高官阮(グエン)氏に信頼され,貴族の待遇を受け,阮氏の娘を妻とするなど,当時の有力な朱印船貿易家であった。

出典:株式会社平凡社
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日本大百科全書(ニッポニカ)

荒木宗太郎
あらきそうたろう
(?―1636)

江戸初期に活躍した長崎の朱印船貿易家。肥後国熊本生まれ。名は一清(かずきよ)、通称惣右衛門(そうえもん)。武士の出という。1592年(文禄1)豊臣(とよとみ)秀吉から朱印状の交付を受けた末次平蔵(すえつぐへいぞう)らいわゆる九艘(そう)船の一人といわれる。1606年(慶長11)に暹羅(シャム)国(タイ)あて、1610年安南(アンナン)国(ベトナム)交趾(こうち)あて、1619年(元和5)から1632年(寛永9)の間には数回交趾あての、彼に対する朱印状交付が記録されている。その後は、オランダ東インド会社のマークを逆さにした船旗をたて、自ら商船に乗り組んで活動し、安南国王の外戚阮(がいせきげん)氏の信頼を得てその娘を妻とした。荒木家は鎖国に際して長崎に移住し、のち1690年(元禄3)以後は長崎西築町の乙名(おとな)役を務めた。

[沼田 哲]

『川島元次郎『朱印船貿易史』(1921・内外出版社)』

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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精選版 日本国語大辞典

あらき‐そうたろう【荒木宗太郎】
江戸初期の朱印船貿易商。本姓藤原。名は一清。のちに惣右衛門。肥後熊本の人。長崎を拠点に安南、シャムなどに渡航。安南王女を妻にした。寛永一三年(一六三六)没。→荒木船

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旺文社日本史事典 三訂版

荒木宗太郎
あらきそうたろう
?〜1636
安土桃山〜江戸時代初期,長崎の朱印船貿易家
名は一清,のち惣右衛門といった。もと熊本の武士。1606年より'33年まで朱印船貿易でシャム・アンナンに渡航し,アンナンの王族の女と結婚し,一女をもうけたことが確認されている。その持船は荒木船といわれた。

出典:旺文社日本史事典 三訂版
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