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菅専助【すがせんすけ】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

菅専助
すがせんすけ
江戸時代後期の浄瑠璃作者。医師の子として生れるが,若くして2世豊竹此太夫門下となり豊竹 (竹本) 光太夫を名のった。明和4 (1767) 年処女作『染模様妹背門松』が大当りをとり,以後はもっぱら作者として活躍。明和,安永期を中心に寛政3 (91) 年頃までの約 25年間に,世話物を中心として時代物,改作合せて 30編を書いた。代表作『摂州合邦辻 (せっしゅうがっぽうがつじ) 』 (73) ,『桂川連理柵 (かつらがわれんりのしがらみ) 』 (76) など。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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デジタル大辞泉

すが‐せんすけ【菅専助】
江戸後期の浄瑠璃作者。京都の人。人形浄瑠璃の衰退期に、主に豊竹座のためにをとり、新風を吹きこんだ。作「摂州合邦辻(せっしゅうがっぽうがつじ)」「桂川連理柵(かつらがわれんりのしがらみ)」など。生没年未詳。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plus

菅専助 すが-せんすけ
?-? 江戸時代中期の浄瑠璃(じょうるり)作者。
2代豊竹此太夫(とよたけ-このたゆう)に入門,豊竹光太夫(みつたゆう)を名のり浄瑠璃太夫となる。明和4年(1767)作者となり,豊竹此吉(このきち)座「染模様妹背門松(そめもよういもせのかどまつ)」で大当たりをとり,以後30余の浄瑠璃をかいた。作品に「摂州合邦辻(がっぽうがつじ)」「伊達娘恋緋鹿子(こいのひがのこ)」「桂川連理柵(れんりのしがらみ)」など。
【格言など】灯心が無(の)うなれば,油はあっても家は暗闇(くらやみ)(「桂川連理柵」)

出典:講談社
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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

世界大百科事典 第2版

すがせんすけ【菅専助】
浄瑠璃作者。生没年未詳。医師の子に生まれたが,義太夫節を好み,2世豊竹此太夫の門に入って,豊竹光太夫を名のる太夫として出発した。1761年(宝暦11)には豊竹座で此太夫と同座,以後もほとんど此太夫と行動を共にしている。65年(明和2)8月,豊竹座が退転し,此太夫は翌年8月豊竹此母座を結成,同年冬北堀江市の側に豊竹此吉座本の新芝居を興した。67年12月にこの座で上演された《染模様妹背門松(そめもよういもせのかどまつ)》が,光太夫が作者菅専助として書いた最初の作品である。

出典:株式会社平凡社
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大辞林 第三版

すがせんすけ【菅専助】
江戸後期の浄瑠璃作者。京都の医家の生まれ。はじめ豊竹(または竹本)光太夫と称し太夫をつとめ、のち専門の作者となる。衰退期の操り芝居に新しい息を吹き込んだ。生没年未詳。代表作「摂州合邦辻せつしゆうがつぽうがつじ」「桂川連理柵かつらがわれんりのしがらみ」など。

出典:三省堂
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日本大百科全書(ニッポニカ)

菅専助
すがせんすけ
生没年未詳。江戸後期の浄瑠璃義太夫節(じょうるりぎだゆうぶし)の作者。医者の子で、豊竹座(とよたけざ)の太夫(たゆう)を勤めていたが、1765年(明和2)豊竹座退転以後、北堀江市の側(いちのかわ)に劇場を建て座本となった。翌々年から作者となり、以来20余年間に三十数編書いたが、合作も多く、世話物を得意とした。世話物の代表作に『染模様妹背門松(そめもよういもせのかどまつ)』『伊達娘恋緋鹿子(だてむすめこいのひがのこ)』『けいせい恋飛脚(こいのひきゃく)』『桂川連理柵(かつらがわれんりのしがらみ)』など、時代物に『摂州合邦辻(せっしゅうがっぽうがつじ)』。先行作を翻案改作することに優れた才能を発揮、竹本座の近松半二とともに義太夫節の最後の繁栄時代を飾った。[山本二郎]

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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精選版 日本国語大辞典

すが‐せんすけ【菅専助】
江戸後期の浄瑠璃作者。京都の医師の家に生まれたと伝える。二世豊竹此太夫に入門して太夫となり、のち作者となった。明和四年(一七六七)の処女作「染模様妹背門松(そめもよういもせのかどまつ)」で大当たりをとり、「摂州合邦辻(せっしゅうがっぽうがつじ)」「桂川連理柵(かつらがわれんりのしがらみ)」などの名作を残した。生没年未詳。

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