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董仲舒【とうちゅうじょ】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

董仲舒
とうちゅうじょ
Dong Zhong-shu
[生]文帝4(前176)頃
[没]大初1(前104)頃
中国,前漢中期の代表的儒学者。広川の人。公羊 (くよう) 春秋学を修め,景帝のとき博士となった。次の武帝が,儒教による教学の体制を整えようとしたとき,いわゆる賢良対策を献じて,制度革新,儒教一尊の学制,人材の採用などを説いて嘉納され,中国 2000年の官学の方向を定めたとされている。董仲舒の政術は,儒家の仁義・礼制の文化主義にのっとり,法刑や詐術による武断的制覇を排し,王覇の道を区別するものであった。彼は,宇宙の秩序の根本を「天」に求め,自然現象は陰陽二元の気の交錯によって起り,社会現象は自然変化に同類感応するものとし,これを現実の政事の決裁や時務に応用した。その根底にあるものは,儒教に陰陽五行思想を交えたもので,また春秋学を裁判に利用したという。『公羊董仲舒治獄』 (16編) ,『董仲舒』 (123編) などの著述があったが,『春秋繁露』 (17巻) だけが現存

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デジタル大辞泉

とう‐ちゅうじょ【董仲舒】
[前176ころ~前104ころ]中国、前漢の儒学者。広川(河北省)の人。「春秋公羊(くよう)伝」を学び、武帝のとき文教政策を建言儒学を正統な官学とさせ、その隆盛をもたらした。著「春秋繁露(はんろ)」など。

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世界大百科事典 第2版

とうちゅうじょ【董仲舒 Dŏng Zhòng shū】
前176?‐前104?
中国,前漢の学者。広川(河北省)の人。若くして春秋公羊学(くようがく)を修め,3年のあいだ庭に出ることもなく,勉強したという。人柄が謙虚であり,言動はつねに礼法にかなっていたので,信望が高く,景帝のとき博士となった。武帝が位につくと,賢良として策問に応じて,〈六芸(りくげい)の科,孔子の術にあらざる〉諸子百家をしりぞけて,儒教を唯一の正統思想とすべきことを奏上し,この意見がきっかけとなって儒教の国教化が実現した。

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日本大百科全書(ニッポニカ)

董仲舒
とうちゅうじょ
(前176?―前104?)

中国、前漢の大学者。河北省広川(こうせん)の人。若くして春秋公羊学(しゅんじゅうくようがく)を修め、3年の間庭にも出ないで勉励したという。人柄が謙譲であり、言動はつねに礼法にかなっていたので、信望が高く、景帝のとき博士に任ぜられた。武帝の初めに、「六芸(りくげい)の科、孔子の術にあらざる」諸子百家を退けて、儒教を唯一の正統思想とすべきことを奏上し、この意見がきっかけとなって儒教の国教化が実現した。のち江都(こうと)国の相(しょう)(行政長官)となり、『春秋』の災異説によって雨を降らせたり止めたりしたという。中大夫(ちゅうたいふ)に遷(うつ)り、陰陽災異を述べて筆禍にあい、あやうく死罪になりかけた。その後公孫弘(こうそんこう)(前200―前121)に嫌われて、悪名高い膠西(こうせい)王の相に転出させられ、王の処遇は丁重であったが、病気を理由にして職を辞し、研究に専念した。朝廷は、重大問題がおこると使者を遣わして意見を求め、董仲舒は『春秋』の理論によって解答を与えた。主著の『春秋繁露(はんろ)』は公羊学の立場から『春秋』の精神を説いたもので、その礼楽(れいがく)説、天人相関説、災異説、革命理論など、漢代の思想を方向づけ、清(しん)末の公羊学派にも大きな影響を与えた。『漢志』にみえる『公羊治獄(ちごく)』16篇(へん)、『董仲舒』123篇は現存しない。

[日原利国 2016年1月19日]

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精選版 日本国語大辞典

とう‐ちゅうじょ【董仲舒】
中国、前漢の儒学者。河北広川の人。武帝に仕え、儒家思想を政治の根本思想にすることを説いた。以後、中国の政治に儒教が重要な役割をしめることになる。著に「春秋繁露」「董子文集」。(前一七六頃‐前一〇四頃

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