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蔡倫【さいりん】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

蔡倫
さいりん
Cai Lun; Ts`ai Lun
中国,後漢中期の宦官は敬仲。発明者といわれる。和帝のとき尚方令 (帝室技芸長官) となり,元興1 (105) 年,それまで字をくには竹木簡,白絹などを使ったのに代えて,樹皮,麻頭,魚網ぼろなどから紙をつくり,和帝に献上した。当時これを蔡侯紙といい,広く使われるようになった。彼は創意工夫にすぐれ,宮中で使う種々の器物をつくり,のちの模範ともなった。初元1 (114) 年竜亭侯に封じられ,また長楽太僕 () にもなったが,安帝即位とともに,かつて帝の祖母を陥れたことへのを恐れ,服毒自殺した。

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デジタル大辞泉

さい‐りん【蔡倫】
[?~107?]中国、後漢宦官桂陽湖南省)の人。字(あざな)は敬仲。樹皮や布くずなどから初めて紙を作り、105年、和帝に献上したという。その紙は蔡侯紙とよばれた。

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世界大百科事典 第2版

さいりん【蔡倫 Cài Lún】
中国,後漢の宦官。生没年不明。製紙技術の大成者。字は敬仲。桂陽(湖南省)の人。明帝の末に出仕し和帝のときに尚方令に任ぜられて帝室の技術部門を担当した。このとき,彼は樹皮や麻頭(あさ),敝布(ぼろ),漁網などを用いてをつくり,105年(元興1)に献上し,〈蔡侯紙〉と呼ばれ広く用いられたという。このことから古来,蔡倫を紙の発明者としているが,近年の考古学上の発掘により,紙はすでに前漢時代から存在していたことが明らかにされており,蔡倫は製紙技術の上で何らかの発明をしたものと考えられる。

出典:株式会社平凡社
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大辞林 第三版

さいりん【蔡倫】
?~107 中国、後漢中期の宦官かんがん。字あざなは敬仲。樹皮・麻くず・魚網などを材料に初めて紙を作り、和帝に献じたという。

出典:三省堂
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日本大百科全書(ニッポニカ)

蔡倫
さいりん
(?―121ころ)
中国、後漢(ごかん)中期の宦官(かんがん)、紙の発明者とされてきた人。湖南(こなん)の桂陽(けいよう)出身。尚方令(しょうほうれい)(宮廷の器物などの製造をつかさどる役所の長官)の職にあった97年に、宮中の剣や諸道具をつくって才能を発揮したが、105年には、木簡(もっかん)・竹簡や絹布にかわる書材として、木くず、麻くず、ぼろぎれ、漁網などを材料とする紙をつくり、和帝(在位88~105)に献上して喜ばれたという。これは蔡侯紙(さいこうし)とよばれ、最初の紙の発明とされてきたが、1933年に新疆(しんきょう)省ロプノールで、また1957年に西安で、1973~1974年にも甘粛(かんしゅく)省の居延で、前漢のものと思われる、麻を原料とする紙が発見されたことから、麻紙はすでに前漢の時代からあり、蔡倫は尚方令として、麻紙より良質の樹皮紙の製造の監督にあたり、これらを普及させるのに功のあった人と考えられるようになってきた。彼はその後、114年に竜亭(りゅうてい)侯に封ぜられ、長楽太僕(長楽は宮殿名。太僕は車馬に関する諸事をつかさどる長官)に進み、さらに儒学経典の校訂を監督したりしたが、以前、竇太后(とうたいこう)の内意を受けて安帝(在位106~125)の祖母の宋貴人(そうきじん)を陥れたことがあったため、安帝が親政するに及んで服毒自殺した。[宮島一彦]
『吉田光邦著「ある後漢の宦官の生涯――蔡倫」(角川書店編集部編『世界の人間像8』所収・1962・角川書店) ▽潘吉星著、佐藤武敏訳『中国製紙技術史』(1980・平凡社) ▽藪内清著『科学史からみた中国文明』(1982・日本放送出版協会) ▽陳舜臣著『陳舜臣中国ライブラリー23 紙の道 ペーパーロード』(1999・集英社) ▽吉田光邦著「紙祖 蔡倫伝」(紙の博物館編・刊『百万塔』16号所収・1963/臨時増刊『「百万塔」創立五十周年記念特別号』2000・紙の博物館に再録)』

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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図書館情報学用語辞典

蔡倫
生没年不詳.桂陽(湖南省)出身の後漢の宦官,字は敬仲.製紙技術を改良し書写材料としての紙の普及に大きな影響を与え,長く製紙法の発明者とされてきた.105(元興1)年,樹皮,麻屑,ぼろ布,魚網を原料として紙を作り和帝に献上,後にこれが蔡侯紙と称される.覇橋紙,金関紙の発見により,蔡倫以前の時代にも紙自体が存在したいたことは確認されているが,安価で,軽く,薄く,耐久性のある蔡侯紙は,木・竹簡や絹布に代わる書写材料の地位を確立し,その技術は593年朝鮮へ,610年朝鮮から日本に渡来し,西欧へはシルクロードをたどって12世紀に伝わった.

出典:図書館情報学用語辞典 第4版
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精選版 日本国語大辞典

さい‐りん【蔡倫】
中国、後漢中期の宦官(かんがん)。字(あざな)は敬仲。尚方令となり、竹または白絹にかわって、樹皮・麻布・魚網などを用いて紙を作らせ、一〇五年和帝に献上したといわれ、その紙は蔡侯紙と呼ばれた。生没年未詳。

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