@niftyトップ

辞書、事典、用語解説などを検索できる無料サービスです。

藤原家隆【ふじわらの いえたか】

美術人名辞典

藤原家隆
鎌倉前期の歌人公卿。光隆の三男寂蓮婿。幼名は雅隆、壬生二品・坊城と称す。藤原俊成門人で、藤原定家と並び称された。和歌所寄人となり、『新古今和歌集』の選者の一人に選ばれる。後鳥羽院、土御門院と親交があった。家集に『壬ニ集』がある嘉禎3年(1237)歿、79才。

出典:(株)思文閣

デジタル大辞泉

ふじわら‐の‐いえたか〔ふぢはら‐いへたか〕【藤原家隆】
[1158~1237]平安末期・鎌倉前期の歌人。名は「かりゅう」とも。寂蓮養子藤原俊成に学び、「新古今和歌集撰者の一人となり、藤原定家と並び称された。家集に「壬二(みに)集」がある。

出典:小学館
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:田中牧郎、曽根脩
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

ふじわら‐の‐かりゅう〔ふぢはら‐〕【藤原家隆】

出典:小学館
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:田中牧郎、曽根脩
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル版 日本人名大辞典+Plus

藤原家隆 ふじわらの-いえたか
1158-1237 鎌倉時代の公卿(くぎょう),歌人。
保元(ほうげん)3年生まれ。藤原光隆の子。宮内卿となり,従二位にいたる。和歌は藤原俊成に師事。後鳥羽(ごとば)上皇の信任あつく,「新古今和歌集」撰者にくわえられて,藤原定家と双璧(そうへき)と称された。嘉禎(かてい)3年4月9日死去。80歳。初名は雅隆。通称は壬生二品。家集に「壬二(みに)集」。
【格言など】風そよぐ(なら)の小川の夕暮は禊(みそぎ)ぞ夏のしるしなりける(「小倉百人一首」)

出典:講談社
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

世界大百科事典 第2版

ふじわらのいえたか【藤原家隆】
1158‐1237(保元3‐嘉禎3)
平安末~鎌倉初期の歌人。藤原北家良門流。正二位権中納言光隆の次男で,従二位宮内卿に昇る。20歳ころ藤原俊成の門下となり,またこのころ寂蓮の婿となったことが《古今著聞集》に見える。天性の詩人的素質に恵まれ,1186年(文治2)西行の勧めで定家らとともに〈二見浦百首〉を詠んで以来,御子左家(みこひだりけ)少壮歌人として頭角を現し,1193年(建久4)《六百番歌合》などでの実作者としての充実した活動を経て,藤原定家と並び称されるにいたった。

出典:株式会社平凡社
Copyright (c) Heibonsha Limited, Publishers, Tokyo. All rights reserved.

大辞林 第三版

ふじわらのいえたか【藤原家隆】
名はかりゅうとも 1158~1237 鎌倉初期の歌人。寂蓮の養子。従二位。壬生二品みぶにほんと呼ばれる。和歌を俊成に学び、抒情清艶な歌風で、定家とともに後鳥羽院歌壇の主要歌人。和歌所寄人よりうどで、「新古今和歌集」撰者の一人。「千載和歌集」以下の勅撰集に二八〇首余が入集。家集「壬二みに集」

出典:三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

ふじわらのかりゅう【藤原家隆】
ふじわらのいえたか藤原家隆

出典:三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

藤原家隆
ふじわらのいえたか
[生]保元3(1158)
[没]嘉禎3(1237).4.9. 大坂
鎌倉時代前期の公卿,歌人。「かりゅう」とも読む。幼名,雅隆。法名,仏性。権中納言光隆の子。宮内卿を経て,非参議従二位。和歌を藤原俊成に学んだ。寂蓮の婿だったという伝えもある。藤原定家に比して晩成型の歌人だが,『六百番歌合』や『正治百首』 (1200) などに参加し,やがて定家と並び称されるようになった。『新古今和歌集』撰者の一人で,43首入集。 79歳のとき出家。歌風は平明で,幽寂な傾向がある。『新勅撰和歌集』には最多の 35首入集。家集『壬二 (みに) 集』は六家集の一つ。息子の隆祐,娘の承明門院 (土御門院) 小宰相も歌人。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

日本大百科全書(ニッポニカ)

藤原家隆
ふじわらのいえたか
(1158―1237)
鎌倉前期の歌人。猫間(ねこま)中納言(ちゅうなごん)とよばれた権(ごん)中納言光隆の子。母は太皇太后宮亮(たいこうたいごうぐうのすけ)藤原実兼(さねかね)の女(むすめ)。侍従(じじゅう)、上総介(かずさのすけ)、宮内卿(くないきょう)などを歴任し、従(じゅ)二位に至り、壬生二品(みぶにほん)、坊城二品などとよばれた。藤原俊成(しゅんぜい)に歌を学び、俊成の子定家(ていか)とは生涯を通じて歌友であり、双璧(そうへき)とされる好敵手でもあった。歌風は定家に比して概して平明である。後鳥羽(ごとば)院の信任が厚く、1201年(建仁1)の和歌所設置に際しては定家らとともに寄人(よりゅうど)とされ、さらに『新古今和歌集』撰者(せんじゃ)5人の1人に加えられた。順徳(じゅんとく)天皇の内裏(だいり)では、定家とともに宮廷和歌の指導にあたった。また、娘承明門院(土御門(つちみかど)院)小宰相(こざいしょう)の関係からか、土御門院にも親しい感情を寄せていた。このような関係から1221年(承久3)の承久(じょうきゅう)の乱によって後鳥羽、土御門、順徳の三院が遠所に遷(せん)された衝撃は大きかったが、乱後もむしろこの悲しみを一つの原動力として盛んに作歌活動を続け、隠岐(おき)(島根県)の後鳥羽院とは音信を絶やさなかった。しかし官途のうえでは不遇で、最晩年にようやく従二位に至った。1236年(嘉禎2)病により出家、法名を仏性と号し、翌年4月9日、難波(なにわ)(大阪)の天王寺で日想観を行いながら没した。年80。家集『壬二(みに)集』(玉吟集)、自歌合(じかあわせ)『家隆卿(きょう)百番自歌合』などがあり、『千載(せんざい)和歌集』以下代々の勅撰集に入集(にっしゅう)しているが、歌論としてまとまったものはない。子の侍従隆祐(たかすけ)、承明門院小宰相も歌人として知られる。[久保田淳]
 風そよぐならの小川の夕暮はみそぎぞ夏のしるしなりける
『久保田淳編著『藤原家隆集とその研究』(1968・三弥井書店)』

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

精選版 日本国語大辞典

ふじわら‐の‐いえたか【藤原家隆】
鎌倉初期の歌人。光隆の子。従二位宮内卿まで進み、壬生二品(みぶのにほん)とも呼ばれた。藤原俊成に師事し、「新古今和歌集」の撰者の一人となり、藤原定家と並び称される。作風は素直、清澄。多作家で、家集に「壬二集(みにしゅう)」がある。保元三~嘉禎三年(一一五八‐一二三七

出典:精選版 日本国語大辞典
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

旺文社日本史事典 三訂版

藤原家隆
ふじわらのいえたか
1158〜1237
鎌倉前期の歌人。『新古今和歌集』撰者の一人
名は「かりゅう」とも読む。藤原俊成に和歌を学ぶ。藤原定家と並称され,歌風は温雅で技巧にすぐれている。得意は幽玄な叙景歌。壬生二品 (みぶにほん) と称し,家集に『壬二 (みに) 集』がある。

出典:旺文社日本史事典 三訂版
執筆者一覧(50音順)
金澤利明 竹内秀一 藤野雅己 牧内利之 真中幹夫
 
Copyright Obunsha Co.,Ltd. All Rights Reserved.
それぞれの項目は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

藤原家隆」の用語解説はコトバンクが提供しています。

藤原家隆の関連情報

他サービスで検索

(C)The Asahi Shimbun Company /VOYAGE MARKETING, Inc. All rights reserved.
No reproduction or republication without written permission.

アット・ニフティトップページへ アット・ニフティ会員に登録

ウェブサイトの利用について | 個人情報保護ポリシー
©NIFTY Corporation