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藤原顕光【ふじわらの あきみつ】

デジタル版 日本人名大辞典+Plus

藤原顕光 ふじわらの-あきみつ
944-1021 平安時代中期の公卿(くぎょう)。
天慶(てんぎょう)7年生まれ。藤原兼通(かねみち)の長男。母は元平親王の娘。天延3年(975)参議。のち左大臣,従一位にいたる。長女元子を一条天皇の女御(にょうご)に,次女延子を皇太子敦明(あつあきら)親王としたが,藤原道長の圧力で後宮対策に失敗。治安(じあん)元年5月25日死去。78歳。道長一族にたたり,世に悪霊左府とおそれられた。通称は堀川左大臣。

出典:講談社
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

世界大百科事典 第2版

ふじわらのあきみつ【藤原顕光】
944‐1021(天慶7‐治安1)
平安中期の公卿。堀川大臣広幡大臣と号した。従一位左大臣に昇り,長寿を保ったが,終始従兄弟の藤原道長に望みを妨げられ,悪霊と化したとされる。関白兼通の長男,母は元平親王の女。父兼通は道長の父兼家と犬猿の仲であった。顕光は長女元子を一条天皇の女御としたが,同天皇の中宮であった道長の長女彰子の勢力に圧せられ,さらに次女延子を小一条院(三条天皇皇子,敦明親王)の妃としたが,ここでも同じく妃となった道長の五女寛子にを奪われた。

出典:株式会社平凡社
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