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藤原顕輔【ふじわらのあきすけ】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

藤原顕輔
ふじわらのあきすけ
[生]寛治4(1090)
[没]久寿2(1155).5.7.
平安時代後期の歌人。顕季 (あきすえ) の子。清輔 (きよすけ) の父。顕昭 (けんしょう) の養父。その家を六条家という。正三位左京大夫。『詞花和歌集』の撰者。康治1 (1142) 年近衛天皇の大嘗会屏風歌を詠進し,『久安百首』 (50) の作者になったほか,多数の歌合に出詠,判者となり,自分でも 10回ほど歌合を主催した。『金葉和歌集』以下の勅撰集に 85首入集。家集『左京大夫顕輔集』。

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デジタル大辞泉

ふじわら‐の‐あきすけ〔ふぢはら‐〕【藤原顕輔】
[1090~1155]平安後期の歌人六条家といわれる顕季(あきすえ)の子で、清輔の父。六条家を継ぎ、崇徳院院宣により「詞花集」を撰進。家集に「左京大夫顕輔卿集」がある。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plus

藤原顕輔 ふじわらの-あきすけ
1090-1155 平安時代後期の公卿(くぎょう),歌人。
寛治(かんじ)4年生まれ。藤原顕季(あきすえ)の3男。母は藤原経平の娘。中宮亮(すけ),左京大夫となり,正三位にいたる。父の後継者として,歌壇における六条家の地位を確立。崇徳(すとく)上皇の命で「詞花和歌集」を撰進した。「金葉和歌集」以下の勅撰集に84首がはいる。久寿2年5月7日死去。66歳。家集に「顕輔集」。
【格言など】秋風にたなびく雲の絶え間よりもれ出づる月の影のさやけさ(「小倉百人一首」)

出典:講談社
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世界大百科事典 第2版

ふじわらのあきすけ【藤原顕輔】
1090‐1155(寛治4‐久寿2)
院政期の歌人。正三位皇太后宮亮兼左京大夫。父顕季を継承,六条家和歌師範の地位を世襲的家職として確立,崇徳院歌壇期からは歌壇の最高権威と目された。勅撰集撰者として《詞花和歌集》を完成させ,当時の新風に理解を示しつつも優美な伝統の風姿を守る姿勢を示した。家集は《左京大夫顕輔集》。代表作は,《百人一首》にとられた〈秋風にたなびく雲の絶え間よりもれ出づる月のかげのさやけさ〉(《新古今集》巻四)。【近藤 潤一】

出典:株式会社平凡社
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日本大百科全書(ニッポニカ)

藤原顕輔
ふじわらのあきすけ
(1089/90―1155)

平安後期の歌人。父は正三位(さんみ)修理大夫(しゅりのだいぶ)藤原顕季(あきすえ)、母は藤原経平の女(むすめ)。正三位左京大夫に至る。父顕季の跡を受け、俊頼(としより)、基俊(もととし)亡きあと和歌の指導者として活躍、六条藤家(ろくじょうとうけ)を歌道師範家として確立する功績をあげた。1144年(天養1)崇徳(すとく)院より院宣を下され、51年(仁平1)六番目の勅撰(ちょくせん)和歌集『詞花(しか)集』を奏覧した。久寿(きゅうじゅ)2年5月7日没。息清輔(きよすけ)、猶子(ゆうし)顕昭(けんしょう)はともに歌人・歌学者として著名。歌風は穏健中正であるが、叙景歌、述懐歌に優れる。家集に『左京大夫顕輔集』があるほか、『久安(きゅうあん)百首』歌人でもあり、『金葉集』以下に入集(にっしゅう)。

[川上新一郎]

 秋風にたなびく雲のたえまよりもれいづる月の影のさやけさ

『井上宗雄著『平安後期歌人伝の研究』(1978・笠間書院)』

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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精選版 日本国語大辞典

ふじわら‐の‐あきすけ【藤原顕輔】
平安末期の歌人。顕季の子。清輔の父、顕昭の義父。正三位左京大夫に至った。六条家をつぎ、「詞花和歌集」の撰者となり、「久安百首」の作者にはいり、近衛天皇の大嘗会屏風歌を詠進し、多くの歌合の主催者・判者・作者として活躍した。家集に「左京大夫顕輔集」がある。寛治四~久寿二年(一〇九〇‐一一五五

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