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蘇秦【そしん】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

蘇秦
そしん
Su Qin; Su Ch`in
中国,戦国時代の政治家,縦横家。前5~4世紀頃活躍。洛陽の人。の恵王に仕えようとして失敗,に行き合従 (がっしょう) を説き (→合従連衡 ) ,,楚の6国同盟を成功させ秦に対抗したが,張儀連衡策に敗れた。彼の活躍年代について異説があり,一説では架空の人ともいわれる。

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デジタル大辞泉

そ‐しん【蘇秦】
中国、戦国時代の縦横家。洛陽(らくよう)(河南省)の人。(あざな)は季子鬼谷子に学び、遊説家として活躍。に対抗して燕(えん)趙(ちょう)楚(そ)合従(がっしょう)策を説いて同盟させる。張儀連衡策に敗れたのち、斉で殺された。生没年未詳。

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世界大百科事典 第2版

そしん【蘇秦 Sū Qín】
中国,戦国の策士。生没年不明。字は季子。東周の雒陽(らくよう)に生まれ,張儀とともに斉の鬼谷先生に雄弁の術を学んだ縦横家(じゆうおうか)の一人。はじめ秦に遊説するが用いられず,のち燕の文侯に任用され,東方六国に説いて合従同盟を締結,秦に対抗した。功により趙の武安(河北省武安県)に封ぜられたが,やがて讒言(ざんげん)を受けて亡命。斉で暗殺されたという。この《史記》の伝える彼の事跡については従来より信憑性が問題になっていたが,近年,馬王堆漢墓から出土した帛書に蘇秦に関する資料が発見されて,《史記》の錯誤がより明確となった。

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日本大百科全書(ニッポニカ)

蘇秦
そしん
(?―前317)

中国、戦国時代の政治家、遊説の士。河南省洛陽(らくよう)の出身。斉(せい)の鬼谷子(きこくし)に師事。初め秦(しん)の恵王に説いたが用いられず、のち燕(えん)の文侯、趙(ちょう)の粛(しゅく)侯、韓(かん)の宣恵(せんけい)王、魏(ぎ)の襄(じょう)王、斉の宣王、楚(そ)の威王にそれぞれ説いて、この六国の連合を成功させた(合従(がっしょう))。六国が縦に並んで結束し、西方の秦に対抗しようとするもので、蘇秦自らが縦約の長となり、六国の相(しょう)を兼ね、縦約の書を秦に送ったため、秦は十数年間東方進出ができなかったといわれる。まもなく張儀(ちょうぎ)のために合従は破られ、のち斉に逃れたが、そこで刺客に殺された。張儀とともに、諸氏百家の一つ縦横(じゅうおう)家に入れられている。しかし、その合従策を記した『史記』巻69蘇秦伝や『戦国策』の記事の事実を疑う学者も多く、合従策の故事は多分に伝説的要素がある。

[太田幸男]

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精選版 日本国語大辞典

そ‐しん【蘇秦】
中国、戦国時代の縦横家。字(あざな)は季子。河南洛陽の人。秦に対抗して山東の六国である燕・趙・韓・魏・斉・楚の合従(がっしょう)を説いて、成功。のち、連衡家の張儀に合従の約をくずされ、斉に仕えたが、暗殺された。前三一七年没。

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