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虞美人【ぐびじん】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

虞美人
ぐびじん
Yu mei-ren; Yü mei-Jên
[生]?
[没]漢,高祖5(前202)
中国,秦,漢交代期の楚王項羽の愛妃。虞姫 (ぐき) ,姫とも称す。とも名ともいう。が滅びたあと項羽は劉邦 (→高祖) と天下覇権を争っていたが,虞は愛されて常に軍中に従っていた。高祖5 (前 202) 年,劉邦のため,垓下 (がいか。安徽省) に囲まれ,夜漢軍が楚の歌をうたうのを聞いた項羽は故郷が漢に占領されてしまったと思い,別れの酒宴を設け,名馬騅 (すい) や虞に対する別離を作ってともに歌い,虞は項羽の足手まといにならぬよう自殺した。のち虞美人曲が作られ,これを歌うと枝葉を動かす草を虞美人草という伝説をはじめ,いくつかの伝説が生れた。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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デジタル大辞泉

ぐ‐びじん【虞美人】
中国末のころ、楚(そ)王項羽(こうう)寵姫劉邦(りゅうほう)と天下を争った項羽が垓下(がいか)で漢軍に包囲されたとき、頸部を切って自殺したという。虞姫(ぐき)。虞氏

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デジタル大辞泉プラス

虞美人
宝塚歌劇団による舞台演目のひとつ。1951年、宝塚大劇場にて星組が初演。劇団初の一本立てミュージカル。

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世界大百科事典 第2版

ぐびじん【虞美人 Yú měi rén】
?‐前202
中国,項羽の愛姫で虞姫ともいう。5年にわたる楚・漢抗争のすえ,前202年に項羽は劉邦の漢軍によって垓下(がいか)(安徽省霊璧県)に囲まれた(垓下の戦)。夜,四面から聞こえてくる楚の歌に,項羽は郷里の楚も漢におちたことを悟り(四面楚歌),虞美人をかたわらに決別の酒をひらいた。項羽は悲憤慷慨し,涙して辞の詩をうたうと,彼女も唱和し,みな泣き伏したという。虞美人草の名は,彼女の鮮血が化して草花になったという伝から来ている。

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大辞林 第三版

ぐびじん【虞美人】
の項羽こううの寵姫ちようき。項羽が垓下がいかに囲まれたとき、最後の宴で、「力山を抜き気は世を蓋おおう。時利あらず…、虞や虞や汝をいかんせん」と歌い、嘆じたという。虞姫ぐき。虞氏。

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日本大百科全書(ニッポニカ)

虞美人
ぐびじん
(?―前202ころ)
中国、秦(しん)朝末期の英雄項羽(こうう)の寵姫(ちょうき)。虞姫(ぐき)ともいう。項羽と劉邦(りゅうほう)の戦いも終末を迎え、項羽は垓下(がいか)(安徽(あんき)省霊璧(れいへき)県の南東)に囲まれて四面楚歌(しめんそか)となった。項羽は最後の酒宴を開いた。かたわらに虞姫がおり、また愛馬騅(すい)がいた。「力山を抜き、気は世をおおう。時に利あらず騅ゆかず。騅ゆかずしていかんせん」と項羽は歌い、虞姫もこれに和した。これが『史記』「項羽本紀」にみえる話であり、その後の虞姫の運命は不明である。なお『楚漢春秋(そかんしゅんじゅう)』には、虞姫が項羽の死後どうして生きていけようかといったとあり、また後の宋(そう)代の曽鞏(そうきょう)(異説もある)の詩「虞美人草」に、虞姫の血が化して虞美人草となったのだとあるが、これらは史実とは別のことである。[尾形 勇]

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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精選版 日本国語大辞典

ぐ‐びじん【虞美人】
中国、秦代末期の楚王、項羽の愛姫。紀元前二〇二年、項羽が漢の劉邦によって垓下(がいか)(=安徽省霊璧県の南東)に包囲されたとき、最後の酒宴で項羽に和して歌い、頸部を切って自尽したという。この時の鮮血が化して虞美人草となったという伝説がある。また、画題としてよく用いられる。虞姫(ぐき)。虞氏。

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