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血税一揆【けつぜいいっき】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

血税一揆
けつぜいいっき
徴兵反対一揆血税騒動ともいう。 1873年明治政府の発布した徴兵令に反対して日本各地で勃発した一揆。太政官告諭に「血税」という言葉があったのを農民たちが生血を吸血されると誤解したためとされたが,もとよりそれのみが原因ではなく,地租改正に伴う反対一揆と同じく農村の先行き不安や貢租に対する不満から発生したものといえる。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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デジタル大辞泉

けつぜい‐いっき【血税一×揆】
明治6年(1873)から翌年にかけて起こった徴兵反対一揆。新たな義務が課されることや政府の政策への反対から、西日本を中心に農民・士族が起こしたもの。

出典:小学館
監修:松村明
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世界大百科事典 第2版

けつぜいいっき【血税一揆】
明治初年の徴兵反対一揆。1873年1月徴兵令が制定されるや,農民はこれに反対して各地で一揆を起こした。その〈徴兵告諭〉では徴兵を血税と称したことから,徴兵()反対一揆を血税一揆とも呼んでいる。血税一揆は,73‐74年にかけて三重,福岡,大分岡山鳥取香川,熊本,長崎愛媛,広島,秋田の各県,京都府および高知県2件の合計14件にも上っている。1873年5月の岡山県美作(みまさか)地方の一揆は,なかでも大規模なものであり,26日から6昼夜にわたって蜂起し,大阪鎮台兵2小隊の出動によって鎮圧された。

出典:株式会社平凡社
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日本大百科全書(ニッポニカ)

血税一揆
けつぜいいっき

1872年(明治5)11月制定、翌年1月発布の徴兵令に対する反対一揆。徴兵令反対一揆ともいう。「徴兵告諭」のなかで徴兵の義務を「西人(せいじん)之(これ)ヲ称シテ血税ト云(い)フ其(その)生血ヲ以(もっ)テ国ニ報スルノ謂(いい)ナリ」としたことから、この名がおこった。20歳に達した男子に課せられる3か年の兵役義務には、官吏、海陸軍生徒、所定の官立学校の生徒、洋行修業者、戸主・嗣子(しし)、代人料270円上納者ほかの免役条項があったが、それらの適用を受けられない一般農民の、とくに二、三男にとっては、徴兵は逃れられない労働力徴発としての意味をもつ過重な負担であった。血税一揆は、この負担に反対する一揆で、ここに血税一揆の本質がある。徴兵によって「生血」を吸い取られると誤解したためであるとする説は、この本質をみない俗説である。

 血税一揆は、現在判明する限りで19件を数えるが、2件を除きすべて1873年に集中的に発生した。そこには次のような共通の特徴がみられる。第一に、東北地方での1件を別とすれば、いずれも西日本(とくに中国、四国)に集中していることである。これは、この地域における徴兵免役者の比率の相対的低さと関連があるものと思われる。第二に、徴兵令反対が、多くの場合、学制、太陽暦の採用、穢多非人(えたひにん)の称の廃止をはじめ廃藩置県後の種々の新政策への反対と結合していることである。この点で、血税一揆は、この時期の新政反対一揆の中心に位置する。第三に、一揆は多様な形態をとってはいるが、しばしば区戸長宅、学校などの徹底的な打毀(うちこわし)、焼打ちを伴った激しい暴動の形態をとったことである。なかでも、73年5月26日から6月1日にかけて400戸以上の打毀、焼打ちを展開した北条(ほうじょう)県(美作(みまさか)国、現岡山県)の全県下に及んだ一揆(処刑者は死刑15人を含む約2万6000人)、ついでその影響のもとに6月19日から23日にかけて激烈な打毀を展開した鳥取県(伯耆(ほうき)国)会見(あいみ)郡の一揆(処刑者は終身刑1人を含む約1万2000人)、さらに同月27日から7月6日にかけて約600戸の打毀を展開した名東(みょうどう)県(讃岐(さぬき)国、現香川県)豊田(とよた)、三野(みの)、多度(たど)、那珂(なか)、阿野(あの)、鵜足(うたり)、香川7郡の一揆(処刑者は死刑7人を含む約2万人)が、その代表的なものである。以上の特質をもつ血税一揆は、73年以降の地租改正の進行とともに、やがて地租改正反対一揆の展開へと受け継がれていくことになる。

[近藤哲生]

『土屋喬雄・小野道雄編『明治初年農民騒擾録』(1953・勁草書房)』『青木虹二編『百姓一揆総合年表』(1971・三一書房)』『佐々木潤之介編『日本民衆の歴史5 世直し』(1974・三省堂)』

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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旺文社日本史事典 三訂版

血税一揆
けつぜいいっき
明治初年におこった徴兵令反対の農民一揆
1873〜74年にかけて,岡山県・鳥取県など主に西日本各地の農民が役場などを襲撃。政府は「徴兵告諭」文中の「血税」という文字が誤解を生んだのだと説明したが,無償で農民の労働力を奪う結果を民衆が感じとったことが最大の原因であった。

出典:旺文社日本史事典 三訂版
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