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表現主義【ひょうげんしゅぎ】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

表現主義
ひょうげんしゅぎ
Expressionismus
20世紀の初め,ドイツを中心としてヨーロッパで展開された芸術革新運動。絵画に始り,造形美術一般,文学演劇映画音楽に及んだ。対象の客観的表現を排して,個人の自我,魂の主観的表現を主張するもの。この立場を明確に示したのは,1905年結成された「ブリュッケ (橋派) 」のグループ,11年結成された「青騎士」のグループである。前者キルヒナー,E.ヘッケル,K.シュミット=ロットルフら,後者カンディンスキー,F.マルク,P.クレーらが中心となり,ドイツ表現主義を形成した。次いで 10~25年頃のドイツ文学にその傾向が著しく,抒情詩分野ではトラークル,ウェルフェル,劇作の分野でハーゼンクレーバー,G.カイザー,E.トラーらが活躍した。映画もまた,美術や演劇の影響を受けて,表現主義映画と呼ばれる一連の作品を生み出した。音楽における表現主義とは,印象主義音楽に対するもので,シェーンベルクウェーベルン,A.ベルク,ヒンデミットらが代表的作曲家。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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デジタル大辞泉

ひょうげん‐しゅぎ〔ヘウゲン‐〕【表現主義】
20世紀初頭、ドイツを中心に興った芸術運動印象主義自然主義に対する反動から、内面の主観的な表現に主眼をおいた。初め、キルヒナーカンディンスキーらによる絵画運動として展開され、第一次大戦後は文学・音楽・映画・演劇などにも及んだ。

出典:小学館
監修:松村明
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世界大百科事典 第2版

ひょうげんしゅぎ【表現主義 Expressionismus】
外界の印象impressionに基礎をおく印象主義に対して,内面の表出expressionをめざす芸術をいい,非写実的なゆがみの表現を伴うのが特徴である。歴史的にはマティスフォービスムについて初めて用いられたがフランスでは定着せず,1911年ころからベルリンで前衛的な美術を中心に音楽,文学,演劇,映画,建築に及ぶ革新的芸術の合言葉として広まった。したがって,現象としてはムンク,アンソールからルオー,エコール・ド・パリのシャガール,スーティンらに至る個々の画家やマティスらのフォービスト,ピカソらの前期キュビストなどをヨーロッパの表現主義として取り上げることもできるが,狭義には主として1905年ごろからドイツ革命期に至る時期に展開されたドイツの芸術をいう。

出典:株式会社平凡社
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大辞林 第三版

ひょうげんしゅぎ【表現主義】
二〇世紀初めドイツを中心に展開された芸術運動。文学上の自然主義や美術上の印象主義に対する反動としておこり、作家の内面的・主観的な感情表現に重点をおいた。はじめ絵画で、キルヒナー・カンディンスキーらが主唱し、第一次大戦後は文学・音楽・演劇・映画の分野にも広まった。

出典:三省堂
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日本大百科全書(ニッポニカ)

表現主義
ひょうげんしゅぎ
Expressionismusドイツ語
芸術流派・潮流。第一次世界大戦の直前に始まり、その戦後しばらくして終わったところの、芸術各領域での運動または傾向(1910年ごろから20年代前半まで)。その全体にわたる統一的な理論や方向といったものはなかったが、歴史大転換の時代の必然性に駆り立てられるようにして、さまざまな領域でさまざまな形のものが次々と現れた。19世紀までの安定した近代社会がぐらつき始めたという一種の崩壊感覚、状況への疑惑と自我・存在の不安、それを直視せねばならぬとする熱意、という、大転換期においての鋭敏な知識人たちの焦燥感や苦悩が、そこに示されている。それはまず芸術の領域で始まった。19世紀後半を支配した印象主義Impressionismus(ドイツ語)が、外界の印象を鮮明なイメージとして直接に描写的に表現するのに対して、外界とのそういう安定した関係を信じられなくなった魂は、印象そのままの表現でなく、印象に対する主観の強烈な動きのほうこそが表現に値する、と考えるようになった。印象は作者の内面性のなかで自覚されたところのはっきりした意味合い、そのゆえの精神的な強烈な体験において表現されることになり、それに伴って自我や個性の大胆な表現またはフォルムの単純化や変形を示した。すでに19世紀末から、自然主義と印象主義とに対する対立は、後期印象派やムンク、ホドラーらの美術活動として始まっていたが、1905年にドレスデンでグループ「ブリュッケ(橋)」が結成されたことによって、表現主義は新しい運動として登場することになった。[小田切秀雄]

ドイツ

ドイツでは、この運動は1910年ごろに始まり、20年代の前半に幕を閉じた。共通の旗印や統一的な路線をみいだそうとするのは困難で、無方向なまでにさまざまな傾向を含んだ発酵現象であった。まず造形芸術とくに絵画に始まり文学、演劇、音楽、さらには思想や政治の分野にまで飛び火した。この文学運動が成立する背景には近代の終末、存在の崩壊、世界喪失という状況があった。この零(ゼロ)地点的状況が表現主義において初めて文学的認識の根本問題になったとき、ここに近代文学とは根底から異なった新しい文学、つまり「存在の文学」としての現代文学が生まれる。この意味で表現主義は、現代文学の出発点であり、20世紀文学は、いまなおこの文学革命が敷いたレールの上を走っている。初期表現主義者たち、すなわち1910年ごろから活躍を始めたハイム、シュタードラー、シュトラム、ゾルゲ、トラークル、ウェルフェル、ベン、ベッヒャーらの若い叙情詩人たちは、存在の崩壊と混乱を身をもって示す震度計であり、その作品は、「存在することの痛み」の文学であった。シュテルンハイム、ウンルー、カイザーらの劇作も同じ性格をもっていた。
 第一次大戦は、表現主義に一種の小休止を与えるが、終戦とともに青年運動の過激さと戦後文学の異常な熱度と前衛芸術の斬新(ざんしん)さをもって一世を風靡(ふうび)する。トラー、ウェルフェル、カイザー、ハーゼンクレーバー、デーブリーン、ブレヒト、バールラハ、カール・クラウスらの作家が登場し、とくに華々しい脚光を浴びたのは劇作で、表現主義演劇の実験的な演出法や舞台装置は、今日までその名残(なごり)を色濃くとどめ、わが国の新劇にも大きな影響を及ぼした。表現主義は、時代の流行になるとともにしだいに衰滅していった。1924年ごろから暫定通貨レンテン・マルクの奇跡がもたらしたつかのまの太平楽は、ドイツの芸術革命の息の根を止めた。デーブリーンの大都会小説『ベルリン・アレクサンダー広場』(1929)とブレヒトの傑作『三文オペラ』(1928)は、表現主義の総決算であると同時にその決別ともなった。けっして表現主義者ではなかったが、表現主義が投げかけた存在の零地点という問題性をもっとも正統的に把握した2人の同時代の作家がいる。カフカとムシルがそれである。[前田敬作]

日本

日本では、1915年(大正4)森鴎外(おうがい)がクラブントの表現主義的な詩10編を訳出したのが最初だが、21年浅草キネマでの『カリガリ博士』の上映と、24年築地(つきじ)小劇場(こけらおと)しの際のゲーリング『海戦』の上演とによって、表現主義は広く注目されるようになる。1924~25年には「先駆芸術叢書(そうしょ)」として、トラー『群衆=人間』、チャペック『ロボット』、ユージン・オニール『皇帝ジョーンズ』などが相次いで訳出され、そのほとんどが築地小劇場で上演された。また北村喜八(きはち)、一氏義良(いちうじよしなが)、村山知義(ともよし)らによる紹介・翻訳・評価も出た。表現主義においての、自我や純粋や心霊やの直視が、演劇の面で自己告白劇(イッヒ・ドラマIch Drama)と叫喚劇(シュライ・ドラマSchrei Drama)の方向に発展する、という論をはじめとして多くの論が行われた。しかし『海戦』などが、一時甚だ新鮮かつ強力で演劇面に強い刺激を与えたほかは、この派として日本文学のなかに直接の影響というべきものは残していない。しかし、この派の特色としての内的生命の強烈な表出ないし魂の痛みの鋭い表現ということは、大正末年以降の日本文学の複雑な動きのなかにさまざまな仕方で影響しているとみられる。また、大正末年からの新感覚派は、自分らの立場に関係のある流れの一つとして表現主義をあげている。ただし、シュルレアリスムその他多くの流れの一つとしてであって、とくに表現主義との関係をつきつめるということはなかった。機会は失われたのであった。[小田切秀雄]
『ルカーチ他著、池田浩士編訳『表現主義論争』(1968・盛田書店) ▽千葉宣一著『現代文学の比較文学的研究』(1978・八木書店)』

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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精選版 日本国語大辞典

ひょうげん‐しゅぎ ヘウゲン‥【表現主義】
〘名〙 W=カンディンスキーを代表とする二〇世紀初頭の絵画表現上の一傾向。印象主義的・自然主義的写実に対し極端な主観的表現を打ち出す。第一次世界大戦後のドイツでは文学、演劇、映画などにも影響し、神秘思想や社会変革への志向をも示した。エクスプレッショニズム。
※劇作家絵評判〈岡本一平〉二二「あり来りの稲荷の石像でも科学的と分析心理と表現主義(ヘウゲンシュギ)の三つの絵の具をプロレタリアートの刷毛で、その上に面白く塗り分くれば」

出典:精選版 日本国語大辞典
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旺文社世界史事典 三訂版

表現主義
ひょうげんしゅぎ
Expressionismus (ドイツ)
1910〜20年にかけて主としてドイツに栄えた芸術思潮
19世紀の自然主義・印象主義に対立して,事物の姿そのものよりも主観を強く押し出した。表現形式は一般に濃厚で威力的であり,政治上では独占資本に対立する小市民の立場をとり,革新的傾向と結びついた。絵画にドイツのキルヒナー・カンディンスキー,小説ではハインリヒ=マンらがいる。

出典:旺文社世界史事典 三訂版
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