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西京【サイキョウ】

デジタル大辞泉

さい‐きょう〔‐キヤウ〕【西京】
西の都。特に、東京に対して京都。
平城京平安京などで、朱雀大路の西側の地域。右京。西の

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にしきょう〔にしキヤウ〕【西京】
京都市南西部の区名。昭和51年(1976)右京区のうち桂川以西を分離して成立

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

西京
せいきょう
Sǒgyǒng
北朝鮮の首平壌の古名。平壌は古代衛氏朝鮮の首都の王険城であった。のち高句麗の首都になったが,統一新羅末期には荒廃したので,高麗の太祖王建は首都開城 (開京) の造営に努めるとともに古来の要地として平壌を西京と改め留守官をおいた。仁宗時代 (1123~46) に僧妙清進言に基づき,この地への遷都問題が起ったが失敗。妙清らはこの地にって反乱を企てたが鎮圧され,西京の地位は格下げされた (→妙清の乱 ) 。モンゴル軍侵入時代は一時,東寧府と改称されその管下におかれたが,忠烈王 16 (1290) 年高麗に返還され,のち再び平壌と呼ばれるようになった。

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西京
せいきょう
シーアン(西安)特別市」のページをご覧ください

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精選版 日本国語大辞典

さい‐きょう ‥キャウ【西京】
〘名〙
① 西のみやこ。西都。特に、東京に対して京都をいう。
※新聞雑誌‐六号・明治四年(1871)七月「西京より越前敦賀えの鉄道を」
② 平城京・平安京などで、中央の朱雀大路を境にした西側の地域。右京。西の京。
※菅家文草(900頃)四・謝文進士新及第、拝辞老母、尋訪旧師「西京老母知猜我、南海閑人喜君」
※大鏡(12C前)六「ひと京まかりありきしかども、侍らざりしに、西京のそこそこなるいゑに」
③ 奈良時代、北京保良宮や平城京に対して由義宮をいう。
※続日本紀‐神護景雲三年(769)一〇月甲子「詔以由義宮西京

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にしきょう にしキャウ【西京】
京都市の行政区の一つ。市南西部、桂川中流の西岸にある。松尾大社、西芳寺(苔寺)、桂離宮などがある。昭和五一年(一九七六)右京区から分離成立。

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