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西枇杷島【にしびわじま】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

西枇杷島
にしびわじま
愛知県北西部,清須市東部の旧町域。庄内川の下流域にある。 1889年町制。 2005年清洲町,新川町の2町と合体して清須市となった。慶長 19 (1614) 年開設の枇杷島市場を中心に集落が形成され,尾張徳川藩の保護を受けて発達市場は 1954年名古屋市に移転して名古屋中央卸売市場となったのち,豊山町に移転した。名古屋市に東接して交通至便で工業化,住宅地化が急速に進展商店も多く,財源に恵まれている。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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大辞林 第三版

にしびわじま【西枇杷島】
愛知県北西部、清須市の地名。庄内川で名古屋市と接する工業地区。

出典:三省堂
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日本大百科全書(ニッポニカ)

西枇杷島
にしびわじま
愛知県北西部、西春日井郡(にしかすがいぐん)にあった旧町名(西枇杷島町(ちょう))。現在は清須(きよす)市の東部を占める一地区。旧西枇杷島町は1889年(明治22)町制施行。2005年(平成17)清洲(きよす)町、新川(しんかわ)町と合併して市制施行、清須市となる。JR東海道本線、名古屋鉄道本線、同犬山線、国道22号、名古屋高速清須線が通じる。枇杷島の語源は、庄内(しょうない)川の中州にビワの木が繁茂していたからというが、つまびらかではない。庄内川右岸にあり、旧美濃(みの)路の要衝、枇杷島市場があった。1990年江戸時代の青果問屋を復元した問屋記念館が開館した。下小田井(しもおたい)は中世の小田井城のあった所で「小田井人足」(サボタージュの代名詞)の語のおこった地である。尾張(おわり)藩時代、庄内川の洪水の際、右岸堤防を切らせて名古屋城下を守ろうとする藩役人の命令を、のらりくらりとサボったことから生まれたことばである。[伊藤郷平]
『『西枇杷島町史』(1964・西枇杷島町)』

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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