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言語獲得の臨界期仮説【げんごかくとくのりんかいきかせつ】

最新 心理学事典

げんごかくとくのりんかいきかせつ
言語獲得の臨界期仮説
critical period hypothesis of language acquisition
レネバーグLenneberg,E.H.(1967)が,言語の獲得には年齢限界があると提唱した仮説。人間は,乳児期から思春期(11~12歳)までの成熟期間を過ぎると,母語話者並みの言語を獲得できなくなるという年齢限界があるとしている。なお,言語獲得language acquisitionとは,人間が特定の言語を使用できるようになることで,とくに乳幼児期に母語,すなわち第1言語を獲得することを意味する。

【仮説の検討】 レネバーグは,脳損傷により失語症になった患者が言語を回復する経過について調べたところ,思春期を超えて失語症になった場合の回復は皆無であり,言語回復の程度は脳機能の局在化または一側化lateralizationに対応していることから,局在化後は母語が完全に回復することはないと考えた。この臨界期仮説は失語症患者の言語回復程度と成熟過程の対応という間接的な証拠に基づき提唱されたもので,正常な言語学習の成熟的変化に関する証拠とするには十分とはいえない。

 しかし,母語習得は思春期までであることを示唆する知見はいくつか見られる。たとえば,発達の初期の一定期間,社会的・言語的・文化的刺激のない環境で生き延びた社会的隔離児たちは,救出後に言語回復のための補償教育や言語訓練を受けても,発音や統語規則などの面で完全に言語を回復することは少ない。救出時期が幼児期の子どもたちはもちろん,13歳7ヵ月時点で救出されたジニーの場合も,文法面の遅滞は著しく言語回復は不完全であった(藤永保・斎賀久敬・春日喬・内田伸子,1987;内田,1999,2007,2010など)。

 ニューポートNewport,E.ら(1989)によると,中国や韓国から渡米した成人の第2言語の英語の聴解能力hearingは,3~7歳に渡米した人は母語話者並み,11~12歳を過ぎて渡米した人は成績が低くなり,思春期を過ぎて渡米した人びとは複数形と冠詞の習得が困難であった。さらにニューポート(1990)は先天的聾,あるいは言語習得以前に聾になった人びとで,第1言語がアメリカ手話American Sign Languageであるおとなを対象にして母語獲得における年齢の要因について検討した結果,語順には習得年齢の違いはないが,統語規則syntax(例:動詞の時制の一致,アスペクトすなわち現在進行形とか過去形の表現の仕方,複数形の作り方,派生語の表現などさまざまな文法規則について)には習得年齢の影響が顕著であり,幼児期から手話を使い始めた人は成績が高く,思春期を過ぎて使い始めた後期学習者の成績は最も低かった。

 以上から,第1言語(母語),第2言語の両方において成熟過程が影響をもち,言語獲得能力は思春期以後はほぼ直線的に減少し,おとなになると平坦になる。第1言語だけでなく,第2言語もそうだということは,幼少期に一つの言語を習得していても他の言語を習得するときには成熟の影響を免れないということを意味している。これらの知見を総合すると,言語学習能力は乳幼児期から思春期にかけてピークとなり,後は減衰していくことを示唆しており,臨界期の存在を裏づけるものである。

【言語獲得の敏感期】 臨界期critical periodという用語は成熟の限られた期間に学習がピークになり,この期間を過ぎると同じ環境にさらされても学習能力は減衰してしまうという現象を指すものとして用いることが多い。これに対し,学習の急激な増加と減衰というニュアンスを避けるため,言語に敏感な時期があることを示唆する敏感期sensitive periodという用語を当てることが増えている。図1-aのような関数関係が成り立つ現象を臨界期とよぶが,問題になるのは,その基礎となる成熟的変化の本質は何か,背後のメカニズムは何かという点である。

 まったく同じ環境が与えられても,人間以外の動物には言語を自発的に学習することはできない。同じ刺激が与えられても学ぶものが種によって異なるということは,生物学的な制約があることの強い証拠であると考えられる。

【臨界期の生物学的制約】 生物学的制約については二つの仮説が提唱されている。第1は,レネバーグの言語獲得の臨界期仮説による説明で,学習の基底をなす成熟のメカニズムそれ自体が一定期間増大し,やがて減衰ないし,消失する場合(図1-b)である。この仮説では基底の言語獲得のメカニズムと言語獲得(行動上の変化)とは同じ関数関係になる。第2は,ニューポートの少容量多学習仮説hypothesis of less capacity is more learning(レスイズモア仮説hypothesis of less is more)による説明で,学習の基底メカニズムは成熟によっては減衰しないとする場合(図1-c)である。言語学習は情報処理容量digit span,すなわち認知処理資源cognitive resourceが増大するために,成長とともに言語を獲得する能力がかえって低下してしまうという説である。この立場に立つと,言語固有の生得的制約が存在するかどうか,脳の局在化が何歳に完成するかについては問わなくて済む。

 ニューポート(1990,1991)はあらゆる能力は発達に伴い増大すると考えている。言語学習能力も例外ではないが,それに関連した能力(情報処理能力)が成熟するに伴い,言語学習能力と競合した結果,かえって言語学習能力が減衰してしまうのではないかと推測したのである。幼児とおとなの両者の違いは,言語入力を知覚・貯蔵するときの方法の違いであり,貯蔵された言語について分析するときの違いではないと考えられる。

 幼児期には刺激の一部分しか知覚・貯蔵しないので,要素分割による分析に認知処理資源を消費しないで済む。だから幼児期には,分割的な処理が必要な統語規則や形態素morphologyの獲得に有利である。しかし,情報処理容量が増大したおとなは複雑な言語刺激を呈示されたとき,刺激全体を知覚し,入力するため,入力情報の分析に余分な認知処理資源が必要になる。おとなの誤りは形態素や統語規則に多く見られ,形態素や動詞のアスペクト(進行形とか過去形の形態の特徴)の分析に失敗したり,複数形の使用に一貫性がないなどの誤りが多いのも,第2の説明を支持している。

 カミンズCummins,J.らは,小学3~6年でカナダに移住した児童が,幼児初期に移住した子どもよりも第2言語での教科学習において有利であり,学習に関連のある読書力偏差値も高いことを見いだした。カミンズはこの証拠に基づき,第1言語と第2言語の両方にまたがる能力は深層部分において通底しており,両者が影響し合いながら発達するという2言語相互依存仮説linguistic interdependence hypothesisを提唱した(Cummins,1986;Cummins,& Nakajima,K.,1985)。二重氷山説ともいわれるこの仮説は,二つの言語は表層面(音声構造,文法構造,表記法)においては異なっているが,深層面では中央基底言語能力(中央作動システム)を共有していると想定した。このシステムで論理的に分析し,類推・比較し,統合するなど抽象的思考力,さらに文章構造の分析や意識化などのメタ言語能力がつかさどられていると仮定している(図2)。

 レネバーグによる言語獲得の臨界期仮説では音韻規則の面,ニューポートによる少容量多学習仮説では音韻規則と統語規則の面,さらにカミンズによる2言語相互依存仮説では読書力偏差値の面から想定された臨界期は,思春期の11~12歳までと一致している。母語習得は乳幼児期から開始され,リテラシーliteracyが習得される児童期が学力の基盤となる母語習得に最も敏感な時期であると考えられる。

 言語獲得の臨界期,あるいは敏感期を説明するのに,言語の局在化との関連で説明するか,あるいは情報処理能力との関連で説明する仮説を採用するか,さらにリテラシー習得と関連させる仮説で説明するか,あるいはこれらの仮説の統合によって説明するかについては,いまだ決着はついていない。 →言語獲得の生物学的基盤 →失語症
〔内田 伸子〕

出典:最新 心理学事典
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