●論語【ろんご】
ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
論語
ろんご
Lun-yu; Analects of Confucius
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デジタル大辞泉
ろんご【論語】
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世界大百科事典 第2版
ろんご【論語 Lún yǔ】
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日本大百科全書(ニッポニカ)
論語
ろんご
孔子(こうし)(前552/551―前479)の言行録。10巻20篇。儒家の通説では、孔子の死後、弟子たちがそれまでに書き留めていた師匠の語を論纂(さん)してつくった。ただし実際は、直(じき)弟子ではなく、弟子の弟子の手になる。その証拠に、『論語』のなかに出てくる弟子の称呼は呼び捨てが原則であるのに、曽参(そうしん)と有若(ゆうじゃく)だけは、曽子・有子と、敬称の「子」をつけてよばれる。これは、『論語』が曽参・有若の弟子によって編まれたことを物語る(唐の柳宗元(りゅうそうげん)らの説)。さらに、『論語』の前半と後半とでは文体がやや異なること、後半には小説的ストーリーもあることから、後半は三伝または数伝の弟子の手になるものであろう〔清(しん)の崔述(さいじゅつ)、日本の伊藤仁斎(じんさい)の説〕。
[本田 濟]
テキスト
秦(しん)の始皇帝(しこうてい)の焚書(ふんしょ)のあと、漢朝は広く書物を捜し求めた。『論語』には3種のテキストがあった。魯(ろ)に伝わる魯論20篇、斉(せい)に伝わる斉論22篇、孔子の子孫の家の壁に塗り込められていた古論21篇などである。漢末の張禹(ちょうう)は、魯論と斉論を折衷して張侯論20篇を定め、これが普及した。後漢(ごかん)の鄭玄(じょうげん)は、魯・斉・古の3種を折衷して篇数を20とした。今日伝わる『論語』は鄭玄本の系統である。
[本田 濟]
内容
各篇には学而(がくじ)とか為政とかの篇(へん)名がつけられている。これはその篇の最初の文章「学而時習之」「為政以徳」の冒頭の2字をとったもので、とくに意味はない。各篇は平均25章の短文からなり、かならずしも統一したテーマで貫かれているわけでない。ただ、おのずと類似の話題が多く集まってはいる。たとえば、学而篇には初学の者への教訓が多く、為政篇には政治の議論が多い、というように。『論語』の文章は、孔子が機(おり)に触れて人に語ったことばをそのまま記録する。そこには体系化された理論はない。マックス・ウェーバーが「インディアンの老首長(しゅちょう)の語り口に似る」と評したとおり(『儒教と道教』)。ただし、体系的な哲学論文にはみられない、生き生きした人間的叡智(えいち)がここにはある。例、「子曰(しのたまわ)く、学んで時にこれを習う。亦(また)説(よろこ)ばしからずや。朋(とも)有り遠方より来(きた)る。亦楽しからずや。人知らずして慍(うら)まず。亦君子ならずや」(学而篇)。「厩(うまや)焚(や)けたり。子、朝(ちょう)より退(しりぞ)きて、曰く、人を傷(やぶ)れりや、と。馬を問わず」(郷党篇)。『論語』の文章はなんの飾り気もない。しかし簡潔ななかに自然のリズムと抑揚とがあり、読む人を飽かせない。伊藤仁斎が「宇宙第一の書」と評したのは当たっている。
[本田 濟]
注釈
『論語』の注釈は数多いが、代表的なのは、三国魏(ぎ)の何晏(かあん)が何人かの説を集めて編んだ『論語集解(しっかい)』、南宋(なんそう)の朱熹(しゅき)(朱子)が新しい哲学理論で解釈した『論語集註(しっちゅう)』。前者を古注、後者を新注という。古注を敷衍(ふえん)解釈したのが宋の邢昺(けいへい)の疏(そ)で『十三経注疏』に収められる。梁(りょう)の皇侃(おうがん)による『論語義疏』は本国で早く滅び、日本に残存した。後漢(ごかん)の鄭玄(じょうげん)の『論語』注は唐末に滅んだが、20世紀初めに敦煌(とんこう)で発見された古写本と、1969年トルファンで発見された唐写本によって7編ほどが判明した。清(しん)の劉宝楠(りゅうほうなん)の『論語正義』は訓詁(くんこ)考証にもっとも詳細である。日本の伊藤仁斎の『論語古義』、荻生徂徠(おぎゅうそらい)の『論語徴(ちょう)』には独創的解釈がみられる。
[本田 濟]
影響
『論語』は漢代すでに「五経」と並ぶ地位にあった(『漢書(かんじょ)』芸文志(げいもんし))。宋代以降これに『孟子(もうし)』『大学』『中庸(ちゅうよう)』を加えて「四書」とよばれる。日本には仁徳(にんとく)朝に百済(くだら)人が『論語』を舶載してきた。西洋の各国語にも訳され広く読まれた。
[本田 濟]
『金谷治訳注『論語』(岩波文庫)』▽『吉川幸次郎訳注『論語』(1966・朝日新聞社)』▽『木村英一訳注『論語』(1975・講談社)』▽『平岡武夫訳注『論語』(1980・集英社)』
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精選版 日本国語大辞典
ろんご【論語】
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旺文社世界史事典 三訂版
論語
ろんご
孔子の死後編纂 (へんさん) され,数種類の異本が生じたが,後漢 (ごかん) の時代に現行本が作られ,何晏 (かあん) の『論語集解』にまとめられた。のち,南宋の朱熹 (しゆき) が『論語集註』を著してから,四書の筆頭となり,儒学の入門書として推賞された。
出典:旺文社世界史事典 三訂版
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