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議院内閣制【ぎいんないかくせい】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

議院内閣制
ぎいんないかくせい
parliamentary cabinet system
内閣議会に対して責任を負い,その存立が議会の信任に依存する制度。その原型は 19世紀のイギリスで形成された。議院内閣制の特徴は,議会の多数派が内閣を形成し,政権の座につくことにより立法と行政との間に協力関係が築かれることにある。そのため両者に対立が起きた場合には,議会は内閣に対して不信任を議決し,国民に信を問うために内閣は議会を解散することが求められる。長所としては,政府と議会の協力関係のもと,円滑な立法が可能で,政府は強力なリーダーシップを発揮でき,責任の所在を明確にすることができることなどがあげられる。他方,一般に議会は政府に主導されるため,議会独自の政策形成能力や監視能力が低下し,ともすれば多数派による独裁という危険性も指摘される。議院内閣制のもとでは立法と行政は内閣によって結ばれ,両者は一体不可分の関係におかれる。この点において立法と行政を厳格に峻別しようとするアメリカの大統領制とは異なる。そこで両者を融合するという意味で,議会に基礎をおく内閣制を取りながら大統領を国民の直接選挙で選ぶ,オルレアン型と呼ばれる議院内閣制がフランスやドイツなどで採用されている。ただこの場合,大統領と議会の多数派が異なると,円滑な立法が保障されないばかりか政治責任の所在が不明瞭になり,政治的混乱を招きかねない。なお日本の旧憲法のもとでは議院内閣制は規定されず,一時期政治慣行としてみられたにすぎなかったが,現憲法においては第 66~69条によって明確に規定されるにいたった。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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知恵蔵

議院内閣制
日本国憲法は、立法、行政、司法をそれぞれ国会、内閣、裁判所に帰属させ、相互の抑制と均衡のもとに、政治を運営することを基本としている。これは、いわゆる三権分立の原則といわれる。だが、三権が、全く対等の立場に置かれているわけではない。国民主権に基づき憲法第41条は、国会を「国権の最高機関」と定めている。行政権の主体である内閣は、内閣総理大臣とその他の国務大臣から構成されるが、総理大臣は国会議員の中から国会の議決によって指名され、その他の国務大臣は、内閣総理大臣が任命するが、過半数は国会議員でなければならない。内閣は連帯して国会に対して責任を負い、衆議院の信任がなければ存立しない。衆議院での信任決議が不成立の時、ないしは衆議院で不信任が議決された時、内閣は総辞職をするか、議決から10日以内に衆議院を解散し、国民の信を問わなくてはならない。このような国民の代表機関である国会の信任を受け、国会議員の中から主要な閣僚が選出され、行政権の行使にあたって国会に連帯責任を持つ内閣制度を、議院内閣制という。日本に内閣制度が導入されたのは、1885(明治18)年だが、大日本帝国憲法(明治憲法)の下の内閣は、天皇によって任命された閣僚で構成され、大臣が個別に天皇に輔弼(ほひつ)責任を負うものとされた。総理大臣は同輩中の首席でしかなく、議院内閣制からは程遠いものだった。従って、日本の議院内閣制は、現行憲法の下で初めて実現した制度である。
(新藤宗幸 千葉大学法経学部教授 / 2007年)

出典:(株)朝日新聞出版発行「知恵蔵」

デジタル大辞泉

ぎいん‐ないかくせい〔ギヰン‐〕【議院内閣制】
行政府である内閣の存立が、議会(特に衆議院)の信任を得ることを必須条件とする制度。英国で発達し、下院多数党、または、多数を制する政党の連合によって内閣を組織し、閣員は原則として議席を有する。日本国憲法でもこれを明文化している。責任内閣制

出典:小学館
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世界大百科事典 第2版

ぎいんないかくせい【議院内閣制 parliamentary cabinet system】
行政権を担当する内閣が議会(またはその一院)の信任を在職の要件とする制度をいう。近代憲法の定める統治機構を,議会と行政府の構造上の関係に着目して分類する場合,この制度は,議会に対する行政府の責任という要素によって,他の二つ,すなわち,大統領制および議会統治制régime d’Assemblée(会議政)から区別される。アメリカ型の大統領制では,行政府は議会の信任に依存することなく自立しており,スイス連邦の統治機構を例として説明される議会統治制では,それと正反対の意味で行政府の対議会責任性が欠けていて,行政府は辞職の自由をもたないまでに構造上議会に従属し,議会の要求どおりに自分の政策を変えなければならないとされている(もっとも,そのような説明にもかかわらず,スイスの連邦政府は,実際には,議会に対してかなりの主導性をもっている)。

出典:株式会社平凡社
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大辞林 第三版

ぎいんないかくせい【議院内閣制】
政府(内閣)の存立が議会の信任を必須要件としている制度。議会における多数党によって内閣を組織し、内閣は議会に対し連帯して責任を負い、閣僚は原則的に議席をもつ。日本国憲法もこれを採用している。 → 首長制

出典:三省堂
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日本大百科全書(ニッポニカ)

議院内閣制
ぎいんないかくせい
parliamentary cabinet system
内閣(政府)の在職要件が議会の信任に基づく、という政治制度。イギリスで古くから発達し、今日では多数の国々がこの制度を採用している。[田中 浩]

内容

議院内閣制下の内閣は、議会内での多数党(単独内閣)あるいは多数を制する複数政党による連合(連立内閣)によって組織されるから、当然に政党内閣(国務大臣は原則として国会議員)であり、内閣は議会に対して連帯責任を負いながら政治を運営する。したがって、下院や衆議院(日本)において内閣不信任決議案が可決、または内閣信任決議案が否決された場合には、内閣は議会(下院や衆議院)を解散するか、総辞職するかしなければならない。[田中 浩]

沿革

イギリスにおいて、以上に述べたような議院内閣制という政治運用上の制度やルールが慣行として定着するまでには長期にわたる歳月を要した。すなわち、名誉革命(1688)によって議会がイギリス政治における最重要な政治機関としての地位を獲得し、さらに第一次選挙法改正(1832)後、ホイッグ、トーリー両党がそれぞれ自由党、保守党と改名し、ここに名実ともに二大政党制による議会政治が確立する時点まで、議院内閣制はゆっくりした足どりで着実に発達してきたものと考えられる。
 まず、名誉革命後ウィリアム3世はホイッグ、トーリー両党員のなかから大臣を任命したが、1695年には下院の多数党であったホイッグ党が単独内閣を組織し、イギリス史上初めて下院の多数意志を反映した政党内閣が出現した。次に、1742年にホイッグ党内閣の首相ウォルポールは議会で信任を失うや、いまだ国王の支持があったにもかかわらず辞職した。これは、不信任決議によって内閣が辞職するという慣行の始まりを意味した。内閣が総辞職するいわゆる連帯責任制の慣行は1766年のロッキンガム内閣の事例に始まる。彼は内閣を組織した(1765)際に、すべての大臣をホイッグ党議員から選び、不信任されたときには全員辞職したのである。そして1830年のウェリントン内閣(トーリー党)の総辞職とグレー内閣(ホイッグ党)の成立は、イギリスにおける政党政治・二大政党制の本格的幕開きを告げるものとして注目されよう。[田中 浩]

議院内閣制と大統領制

議院内閣制と対置されるものにアメリカ型の大統領制がある。大統領制においては三権分立主義が厳格に守られ、したがって、行政府の長である大統領は国会議員とは別の方法で選挙され、行政府を構成する各長官(大臣)は議席をもたない者から選任される。したがって、この制度の下では解散制度もない。議院内閣制と大統領制の利害得失については議論の分かれるところだが、前者については、解散制度の運用の妙によって国民の意志を柔軟に政治の世界に反映できる、また後者については、解散制度がないことによって政治指導者は強力な安定した政治を実現できる、という長所がそれぞれ主張されている。いずれにせよ、今日、議会政治をとる国々では、各国の伝統・実情にあわせてそれに議院内閣制や大統領制をさまざまに組み合わせた政治形態がとられている。[田中 浩]

日本の議院内閣制

プロシア型憲法に範をとった大日本帝国憲法においては、議院内閣制に関する明文の規定はなく、「国務各大臣ハ天皇ヲ輔弼(ほひつ)シ其(そ)ノ責ニ任ス」(55条)とだけあった。この条文は、内閣が議会に対して連帯責任を負わず天皇に対して各大臣がそれぞれに責任を負うことを意味したから、第二次世界大戦前の日本においてはイギリス流の健全な政党政治や議院内閣制はなかなか定着しえず、官僚・軍閥などによる超然内閣が勢いを振るった。しかし、1898年(明治31)の大隈(おおくま)・板垣内閣から、1931年(昭和6)の犬養(いぬかい)内閣までの時期には政党による内閣が組織されたこともあったから、運用の面では議院内閣制をとった時期も存在したということもできよう。
 しかし、民主政治の確立を目ざした戦後の日本国憲法では、「行政権は、内閣に属する」(65条)、「内閣は、行政権の行使について、国会に対し連帯して責任を負ふ」(66条3項)として議院内閣制の原則を明文化した。そのほかこの憲法では、「解散と総辞職」(69条)、「内閣総理大臣の指名」(67条)、「国務大臣の任命及び罷免」(68条)など、議院内閣制が成立するための条件を規定し、ここに日本でも議院内閣制、政党内閣による議会政治が展開される基盤が生まれた。[田中 浩]
『稲田正次著『憲法提要』(1954・有斐閣) ▽田中浩・安世舟著『政治学への接近』(1978・学陽書房) ▽中村英勝著『イギリス議会史』(1977・有斐閣)』

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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精選版 日本国語大辞典

ぎいん‐ないかくせい ギヰン‥【議院内閣制】
〘名〙 内閣(政府)の存立が、議会(特に下院)の信任を得ることを必須条件とする統治制度。内閣総理大臣および閣僚は、普通、議会の多数党(単独内閣)、あるいは多数を制する政党の連合(連立内閣)から選ばれ、議会に対して連帯責任をもつ。イギリスで発達し、日本国憲法にも明文化されている。責任内閣制。〔国民百科新語辞典(1934)〕

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