@niftyトップ

辞書、事典、用語解説などを検索できる無料サービスです。

豊明節会【とよのあかりのせちえ】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

豊明節会
とよのあかりのせちえ
奈良時代中期以後に整備されたと思われる宮中の重要な年中行事。平安時代には,元日白馬 (あおうま) ,踏歌 (とうか) ,端午とともに五節会 (ごせちえ) の一つに数えられた。その語意は,「とよ」は美称で,「あかり」は酒を飲んで顔の赤らむことをいい,宴会のことをさす。新嘗会 (しんじょうえ) の翌日,すなわち 11月中のの日,大嘗会のときはその第3日目のの日,天皇が豊楽殿 (のちには紫宸殿) で新穀を食べ,皇太子以下諸臣にも賜わり,賜宴ののち舞楽があり,群臣を賜わり,叙位なども行われた。この日,吉野の国栖 (くず) の御贄 (みにえ) 奉献五節の舞なども行われ,舞楽には,吉志舞,王節舞などが演じられた。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典 第2版

とよのあかりのせちえ【豊明節会】
豊明は宴会の意で豊明節会とは大嘗祭新嘗祭(にいなめさい)ののちに行われる饗宴をいう。天皇が豊楽院,または紫宸殿に出席して行われる新穀供御の神事。大嘗祭,新嘗祭はともに原則として11月の下のの日に行われるが,大嘗祭では次の辰の日を悠紀(ゆき)の節会,の日を主基(すき)の節会とし,3日目の午の日が豊明節会となる。新嘗祭では辰の日に行われ,辰の日の節会として知られた。当日は天皇出席ののち,天皇に新穀の御膳を供進

出典:株式会社平凡社
Copyright (c) Heibonsha Limited, Publishers, Tokyo. All rights reserved.

日本大百科全書(ニッポニカ)

豊明節会
とよのあかりのせちえ
新嘗祭(にいなめのまつり)の後にくる辰(たつ)の日に行う饗宴(きょうえん)で、新穀供御の神事。その年の稲を神に供え、天皇が初めて召し上がる日でもある。天皇が豊楽院(ぶらくいん)あるいは紫宸殿(ししんでん)に出御し、皇太子以下群臣に酒などを賜り、吉野の国栖人(くずびと)たちに歌笛を奏させる。また大歌所(おおうたどころ)の別当が歌人を率いて五節の歌をうたい、五節舞姫が舞台で五節舞を舞う。この行事は大化改新(645)後まもなく、天武(てんむ)、聖武(しょうむ)天皇のころに行われていたが、応仁(おうにん)の乱(1467~77)後一時中絶した。そして1688年(元禄1)に再興されている。その後、1740年(元文5)になると、儀式も完全に再現されるようになった。[山中 裕]

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

豊明節会」の用語解説はコトバンクが提供しています。

豊明節会の関連情報

他サービスで検索

(C)The Asahi Shimbun Company /VOYAGE MARKETING, Inc. All rights reserved.
No reproduction or republication without written permission.

アット・ニフティトップページへ アット・ニフティ会員に登録

ウェブサイトの利用について | 個人情報保護ポリシー
©NIFTY Corporation