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豊橋平野【とよはしへいや】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

豊橋平野
とよはしへいや
東三河平野ともいう。愛知県南東部,豊川下流の平野。北西は本宮山 (789m) を頂点とする断層崖南東愛知,静岡の県境をなす赤石山脈支脈 (弓張山脈) で境される。豊川は中央構造線に沿って流れ,両岸に2,3段の河岸段丘が発達する。段丘上に新城,豊川,豊橋の都市があるが,平野一帯は農村地域である。段丘上の地は,かつてカキの産地であったが,1968年の豊川用水路の開通によってスイカ,ハクサイ,キャベツなどの野菜産地となった。豊川の沖積地は,江戸時代からの霞堤にみられるように洪水常習地であったが,約 30年を要して 65年に豊川放水路が完成して安定し,根菜類,葉菜類と花卉園芸が盛んとなった。

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デジタル大辞泉

とよはし‐へいや【豊橋平野】
愛知県南東部、豊川下流域に広がる沖積平野渥美(あつみ)湾岸は埋め立てられ、工業地域となっている。中心都市は豊橋市東三河平野

出典:小学館
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世界大百科事典 第2版

とよはしへいや【豊橋平野】
濃尾平野に次ぐ愛知県第2の平野。東三河平野ともいう。新城(しんしろ)市付近から下流に向かって展開する豊川の沖積平野と,その東西両側に発達する段丘状の洪積台地からなる。洪積台地は,豊川左岸から三河湾岸,遠州灘にいたる豊橋台地と,豊川右岸から宝飯(ほい)山地山麓に開けた豊川台地に分かれる。豊橋台地は,天伯原(てんぱくはら)頂部で標高50~80mの最高位面,天伯原北斜面で標高23~45mの高位面,高師(たかし)原がのる標高12~45mの中位面,豊橋市街地東部がのる標高1.5~15mの低位面,さらに豊橋市賀茂町東部などに断片的に分布する標高1~1.5mの最低位面とに区分される。

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日本大百科全書(ニッポニカ)

豊橋平野
とよはしへいや

愛知県南東部、豊川(とよがわ)下流の平野で、三河湾に臨む。東三河平野ともよばれる。面積772平方キロメートルで、豊橋、蒲郡(がまごおり)、豊川(とよかわ)、新城(しんしろ)、田原(たはら)の5市にまたがる。県内では尾張(おわり)平野、岡崎平野と並ぶ経済、文化の盛んな重要平野で、先進的農業地域といわれる。豊川が平野の中央を貫流し、沿岸は河岸段丘が形成され、段丘上に高師(たかし)原、天伯(てんぱく)原がある。下流は豊川氾濫(はんらん)原で沖積デルタ、三河湾(渥美湾)に臨む河口付近は遠浅で、埋立地が造成されている。中心都市豊橋市は、旧吉田藩の城下町、旧東海道五十三次吉田宿、三河湾・豊川の舟運の拠点であったが、その後造成の三河港、臨海工業地帯によって農工共存の都市へと変わりつつある。

[伊藤郷平]

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