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豊臣秀頼【とよとみ ひでより】

美術人名辞典

豊臣秀頼
安土桃山・江戸前期の大名大坂城主。豊臣秀吉次男淀殿徳川家康の将軍就任に伴い、一大名となる。徳川秀忠の娘千姫と結婚。方広寺鐘銘事件を端に徳川家との間に大坂冬のを起こす。一旦講和するが再度開戦、大坂夏の陣に敗れた。元和元年(1615)歿、23才。

出典:(株)思文閣

デジタル大辞泉

とよとみ‐ひでより【豊臣秀頼】
[1593~1615]安土桃山時代武将秀吉の次男。6歳で家督相続前田利家に養育されたが、関ヶ原の戦いののち、摂津河内(かわち)・和泉(いずみ)60余万石の大名におとされた。のち、徳川秀忠の娘千姫と結婚したが、大坂夏の陣で敗れ、母の淀君とともに自殺

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デジタル版 日本人名大辞典+Plus

豊臣秀頼 とよとみ-ひでより
1593-1615 織豊-江戸時代前期の大名。
文禄(ぶんろく)2年8月3日生まれ。豊臣秀吉の次男。母は淀殿。文禄4年世嗣となる。関ケ原の戦いののち65万石余の一大名に転落。慶長8年内大臣となり徳川秀忠の娘千姫と結婚。10年右大臣。方広寺鐘銘事件をきっかけに徳川軍とたたかうが,大坂夏の陣に敗れ,慶長20年5月8日大坂城内で母とともに自害。23歳。幼名は拾(ひろい)。

出典:講談社
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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

世界大百科事典 第2版

とよとみひでより【豊臣秀頼】
1593‐1615(文禄2‐元和1)
安土桃山時代の武将。豊臣秀吉の側室淀君が生んだ次子。幼名拾(ひろい)。長子の鶴松は1591年(天正19)8月に3歳で死んでおり,名実ともに秀吉の世嗣。秀吉が死ぬ98年(慶長3)には従二位権中納言に昇進していた。このとき徳川家康らの年寄衆,石田三成らの五奉行はじめ主要武将は秀頼への忠誠を誓約している。関ヶ原の戦後も大坂城に居城し,公儀権力に支えられた存在であったが,実体は摂津,河内,和泉の60万石を領有する一大名にすぎなかった。

出典:株式会社平凡社
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大辞林 第三版

とよとみひでより【豊臣秀頼】
1593~1615 豊臣秀吉の子。母は淀君。幼名拾丸。秀次を排して嗣子となったが、関ヶ原の合戦に敗れて六十余万石の大名に転落。徳川秀忠の娘千姫と結婚して、右大臣となったが大坂の陣で徳川氏に敗れ、大坂城で自刃。

出典:三省堂
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

豊臣秀頼
とよとみひでより
[生]文禄2(1593).8.3. 大坂
[没]慶長20(1615).5.8. 大坂
安土桃山時代の武将。秀吉の次男。母は浅井氏の長女,淀殿。幼名,お拾。秀吉 57歳のときの子。秀吉は文禄4 (1595) 年養子秀次を自刃させたのち諸将から秀頼に対し異心なき旨の誓書を出させ,秀頼が相続人であることを天下に公示した。慶長1 (96) 年 12月 17日元服。秀吉の死後,大坂城に入り,徳川家康は伏見城で政務をとった。同5年関ヶ原の戦い後,家康の権力が確立すると,秀頼は摂津,河内,和泉の3ヵ国六十余万石の一大名格に落された。同8年家康の孫娘千姫と結婚。その間同6年権大納言,同8年内大臣,正二位,同 10年右大臣と官位は進んだが,権力は徳川氏の手中にあった。これに不満をもつ秀頼の周辺は反徳川勢力を結集した。家康のすすめにより,地震で崩壊した秀吉創建の方広寺を再建して同 19年供養法会を行うにあたり,梵鐘の銘文「国家安康」の文字は家康を呪詛するものと家康に言いがかりをつけられて大坂冬の陣が起った (→鐘銘事件 ) 。いったんは和睦が成立して大坂城の堀を埋めさせられ,翌年再び家康に攻められ (夏の陣) ,母淀殿とともに自殺した。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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日本大百科全書(ニッポニカ)

豊臣秀頼
とよとみひでより
(1593―1615)
安土(あづち)桃山時代の武将。豊臣秀吉の次男。幼名拾丸(ひろいまる)。母は側室淀殿(よどどの)浅井氏。大坂城で出生。翌1594年(文禄3)12月新築なった伏見(ふしみ)城に移され育てられた。57歳にして実子を得た秀吉の愛育ぶりはひとかたでなく、また周囲からも秀吉の愛児ということで特別に扱われ、95年3月にはその伏見移居の祝儀として朝廷から勅使が遣わされ、太刀(たち)・馬を下賜されるほどであった。同年7月関白秀次が自刃してからは、豊臣家の世嗣(よつぎ)と目された。秀吉は、拾丸の将来を非常に疑懼(ぎく)し、傅役(もりやく)には前田利家(としいえ)を選び、また徳川家康、毛利輝元(てるもと)らの大名には血判の誓書を出させ、拾丸に対して忠誠を誓わせ、翌96年(慶長1)正月にも再度この誓書提出のことを行わせている。同年5月秀頼は秀吉に伴われて参内して天盃(てんぱい)を賜り、従(じゅ)五位下に叙され、同12月には秀頼と改名した。97年9月禁中において元服し、従四位下・左近衛権(さこのえごん)少将に叙任され、その翌々日には左近衛中将に進み、98年4月には6歳にして従二位・権中納言(ごんちゅうなごん)となった。同年、重態となった秀吉は再三諸大名に血判の誓紙を書かせ、秀頼を助けて忠誠を尽くすことを誓わせたが、秀吉が死去するとそれも反故(ほご)同然となり、1600年(慶長5)関ヶ原の戦いで西軍大敗すると、豊臣氏は摂河泉約70万石の一大名に転落した。03年4月内大臣となり、同7月には徳川秀忠(ひでただ)の女(むすめ)千姫(せんひめ)をめとり、05年4月右大臣に上るが、政治的大勢のなかで豊臣氏の退潮は覆うべくもなかった。14年11月大坂の役(冬の陣)が起こり、15年(元和1)5月再度の大坂の役(夏の陣)で大坂城は徳川軍の総攻撃を受けて落城し、秀頼は生母淀殿とともに自刃し、豊臣氏は滅亡した。[橋本政宣]

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367日誕生日大事典

豊臣秀頼 (とよとみひでより)
生年月日:1593年8月3日
江戸時代前期の大名
1615年没

出典:日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」
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精選版 日本国語大辞典

とよとみ‐ひでより【豊臣秀頼】
安土桃山、江戸初期の武将。秀吉の第二子。母は淀君。幼名拾丸(ひろいまる)。六歳で豊臣家を継いだが、関ケ原の戦いの後は、摂津、和泉、河内六十余万石の大名に落とされた。徳川秀忠の娘千姫と結婚、右大臣に昇進したが、大坂夏の陣で敗れ、淀君とともに自殺。文祿二~元和元年(一五九三‐一六一五

出典:精選版 日本国語大辞典
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旺文社日本史事典 三訂版

豊臣秀頼
とよとみひでより
1593〜1615
安土桃山時代の武将
秀吉の2男。母は側室淀君。1598年秀吉の死後そのあとを継いだが,関ケ原戦い(1600)後,蔵入地約200万石の大大名から摂津・河内・和泉の60余万石の一大名に転落。徳川家康の孫千姫と政略結婚を強いられ,方広寺鐘銘事件を契機に大坂の役('14〜15)に敗れた。大坂城の天守閣炎上の際,淀君とともに自害し,豊臣氏は滅亡

出典:旺文社日本史事典 三訂版
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