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貞徳【ていとく】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

貞徳
ていとく
松永貞徳」のページをご覧ください

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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デジタル大辞泉

ていとく【貞徳】

出典:小学館
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:田中牧郎、曽根脩
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デジタル版 日本人名大辞典+Plus

貞徳 ていとく

出典:講談社
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

世界大百科事典 第2版

ていとく【貞徳】
1571‐1653(元亀2‐承応2)
近世前期の俳人,歌人,歌学者。姓は松永,名は勝熊(幼名は小熊),別号は逍遊,逍遊軒,松友,頌友,長頭丸(ちようずまる),明心,延陀丸,延陀王丸,保童坊など。晩年住んだ京五条稲荷町の〈花咲の宿〉にちなみ,五条の翁,花咲の翁とも呼ばれた。京都の人。摂津国高槻(大阪府)の豪族入江氏の出で,父永種のとき,曾祖母妙精の縁戚松永弾正久秀の姓をとって松永と改めた。永種は,当代随一の学者,文化人で豊臣秀吉のお伽衆大村由己(ゆうこ)や,歌壇・歌学界の第一人者細川幽斎や,連歌界の大立者里村紹巴(じようは)などと親交を結んでいたので,後年文人として立つ貞徳にはきわめて有利な環境が整っていた。

出典:株式会社平凡社
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大辞林 第三版

ていとく【貞徳】

出典:三省堂
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日本大百科全書(ニッポニカ)

貞徳
ていとく
(1571―1653)
江戸初期の文人。貞門俳諧(ていもんはいかい)の中心人物。松永氏。別号は逍遊(しょうゆう)、長頭丸(ちょうずまる)、明心、延陀丸(えんだまる)、花咲の翁など多い。祖先は入江氏で、摂津(大阪府)高槻(たかつき)城主だったが、祖父の代に没落、父の代に松永氏に改めた。父永種は連歌師で広い知己を有し、その縁と恭順な人柄とで貞徳は多くの良師に恵まれ、師の数五十余人に及んだという。なかでも和歌、歌学を『源氏物語』研究の権威九条稙通(たねみち)に、その後当代歌学の権威細川幽斎(ゆうさい)に、連歌を里村紹巴(じょうは)に学び、友人先輩としては藤原惺窩(せいか)、林羅山(らざん)、木下長嘯子(ちょうしょうし)らがいた。これら師友に恵まれ近世初期地下(じげ)歌人歌学者の第一人者になった。門下に北村季吟(きぎん)、加藤磐斎(ばんさい)、木瀬三之(きせさんし)、和田以悦(いえつ)、望月長好(もちづきちょうこう)、深草の元政上人(げんせいしょうにん)、打它公軌(うったきんのり)、山本春正らがあり、編著に『徒然草(つれづれぐさ)慰草』『堀川百首肝要抄』『歌林樸(ぼくそう)』『逍遊愚抄(しょうゆうぐしょう)』『戴恩記(たいおんき)』など多数がある。この間大村由己(ゆうこ)の手引きで一時秀吉の祐筆(ゆうひつ)を勤め、1603年(慶長8)には林羅山、遠藤宗務らと古典公開講座に参加して『徒然草』を講じ、慶長(けいちょう)(1596~1615)末年以後三条衣棚(ころもだな)の自宅に私塾を開き、一般庶民の子弟に初等一般教育を施した。この私塾から木下順庵(じゅんあん)、伊藤仁斎、林春斎、林守勝や俳人の貞室、西武(さいむ)らが出た。
 一方、文芸の庶民化という時代の趨勢(すうせい)に対する認識と諧謔(かいぎゃく)を好む個人的嗜好(しこう)と相まって、狂歌、俳諧においても指導的役割を演じた。狂歌には『貞徳百首狂歌』があり、また門人の作を多く批評添削した。俳諧では慶長・元和(げんな)(1615~24)のころすでに俳諧好きとして知られ、寛永(かんえい)(1624~44)中ごろには全国俳壇の中心人物になり、貞門という俳諧史上初の一大集団を形成し、俳諧は「俳言(はいごん)を以(もっ)てつくる連歌」と明快に規定し、平易卑俗なところが和歌や連歌よりも時代に適しているとして、俳諧を全国津々浦々にまで普及させた。門下は重頼(しげより)、立圃(りゅうほ)、令徳(りょうとく)、西武、貞室、季吟、安静(あんせい)、梅盛(ばいせい)ら無数。編著には門人に編集させた『犬子(えのこ)集』『鷹筑波(たかつくば)集』『崑山(こんざん)集』『久流留(くるる)』、自編の秘伝書『天水抄』、式目書『御傘(ごさん)』、付合(つけあい)指導書『新増犬筑波集』など多数がある。[森川 昭]
『小高敏郎著『松永貞徳の研究』正続(1953、56・至文堂)』

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精選版 日本国語大辞典

ていとく【貞徳】

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