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賢聖障子【けんじょうのしょうじ】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

賢聖障子
けんじょうのしょうじ
内裏紫宸殿母屋北面,天皇のうしろの柱間にはめられた障子絵。中国古代絵画における勧戒主義の影響を受け,殷から時代までの聖人賢人名臣など 32人のを描き連ねたもの。平安時代初期 (9世紀末) 以来近世にいたるまで伝統的に描き続けられた。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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デジタル大辞泉

けんじょう‐の‐そうじ〔ケンジヤウ‐サウジ〕【賢聖障子】
《「げんじょうのそうじ」とも》紫宸殿(ししんでん)の、母屋と北庇(きたびさし)との間の(ふすま)障子。東西各4間。中国の三代から唐代までの聖人・賢人32人の姿が描かれている。

出典:小学館
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世界大百科事典 第2版

けんじょうのしょうじ【賢聖障子】
北障子ともいう。禁裏の著名な障屛(しようへい)の一つ。紫宸殿(ししんでん)の母屋北側を仕切る9枚の間仕切。御帳台の背後にあり,南面中央1枚に2匹の狛犬,上部に亀,その両脇東西各4枚に諸葛亮,太公望,班固,蘇武ら中国三代から唐までの賢聖名臣32人の肖像,北面には花鳥が,絹張り極彩色で描かれている。肖像上部の色紙形(しきしがた)の略伝の名跡が話題となった。初めは嵯峨天皇の代とか宇多天皇の代と伝えられるが,幾度も造り替えられている。

出典:株式会社平凡社
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日本大百科全書(ニッポニカ)

賢聖障子
けんじょうのしょうじ

皇居、紫宸殿(ししんでん)の母屋(もや)の北側、玉座の後方に立てられる9枚の襖(ふすま)障子で、中国殷(いん)代より唐代までの賢臣32名の肖像が描かれているので名づけられた。中央の間に文書を負う亀(かめ)と、獅子狛犬(ししこまいぬ)を描き、その左右4枚の1枚ごとに4名ずつ描く。各人上方に色紙形の枠内に名前と徳行才能の賛詞が記されている。おこりについては『帝王編年記』に弘仁(こうにん)年間(810~824)、『皇年代記』に陽成(ようぜい)帝の代(在位876~884)、『古今著聞集(ちょもんじゅう)』に寛平(かんぴょう)年間(889~898)とあって一定ではないが、平安時代の初めころと推定され、現存のものは寛政(かんせい)年間(1789~1801)に造営したときに描かれたものである。なお、32名の人物は、馬周、房玄齢、杜如晦(とじょかい)、魏徴(ぎちょう)、諸葛亮(しょかつりょう)、蘧伯玉(きょはくぎょく)、張良、第伍倫(だいごりん)、管仲(かんちゅう)、劉(鄧)禹(りゅうう)、子産、蕭何(しょうか)、伊尹(いいん)、傅説(ふえつ)、太公望(たいこうぼう)、仲山甫(ちゅうざんぽ)、李勣(りせき)、虞世南(ぐせいなん)、杜預(どよ)、張華、羊祜(ようこ)、揚雄(ようゆう)、陳寔(ちんしょく)、班固(はんこ)、桓栄(かんえい)、鄭玄(じょうげん)、蘇武(そぶ)、倪()寛(げいかん)、董仲舒(とうちゅうじょ)、文翁、賈誼(かぎ)、叔孫通(しゅくそんとう)である。

[郷家忠臣]

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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