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賤民【センミン】

デジタル大辞泉

せん‐みん【×賤民】
身分の低い民。下賤の民。下民。
社会的に最下層に置かれて差別された人々。律令制では良民と区別して陵戸官戸家人公奴婢(くぬひ)私奴婢の5種があった。中世には非人河原者などとよばれた被差別民が存在し、近世、封建的身分制が確立されると最下層身分として穢多(えた)・非人が置かれ、きびしい差別が行われた。

出典:小学館
監修:松村明
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世界大百科事典 第2版

せんみん【賤民】

ヨーロッパ
 ヨーロッパにおける賤民の系譜は,古代世界を別にすれば,初期中世の〈人間狼(人狼)Werwolf〉までさかのぼることができる。人間狼とは,氏族団体(ジッペ)の平和を乱す夜間殺人放火などを犯した人間が,氏族団体から追放されるとき(平和喪失)に呼ばれた名称である。平和喪失を宣告された者は死者とみなされ,その妻は未亡人,子は孤児とされる。氏族団体から追われた者は人間世界のなかに住むことを禁じられ,森のなかに入ってゆくが,彼らすべてが森のなかでのたれ死したわけではない。

出典:株式会社平凡社
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日本大百科全書(ニッポニカ)

賤民
せんみん
歴史的に、ことに法制史的には、一般に、身分上、社会の最下層に置かれ、とくに蔑視(べっし)・差別された人々をさす。[成澤榮壽]

古代

古代律令(りつりょう)制の身分制では、人民の身分を良と賤に大別し、公課を負担する公民を良(良民)とし、特定の主人などに従属し、特殊な奉仕を義務づけられた者を賤(賤民)とした。賤を5種に分け、陵戸(りょうこ)、官戸(かんこ)、家人(けにん)、公奴婢(くぬひ)、私奴婢(しぬひ)とし、これを五色(ごしき)の賤といった。これらの賤民は、朝廷・貴族・豪族などに支配・所有され、その労働力として雑役に従事させられた。陵戸は、天皇・皇族の陵墓の守衛に従事し、身分的には賤民中もっとも上位にあった。官戸は、官司の雑役に従事し、公奴婢より上位にあった。陵戸・官戸は戸を構え、口分田(くぶんでん)も良民と同額を貸与された。家人は、奴婢と同様、口分田は良民の3分の1しか与えられず、相続の客体とされたが、家族を構成し、私業を営むことが認められ、売買の対象にされなかった。公奴婢は官有の、私奴婢は個人所有の奴婢で、売買・譲与・質入(しちいれ)の対象とされ、家族生活を認められない本格的な奴隷であった。賤民はいずれも良民との通婚を許されず、賤の子は賤に属するとされた。しかし、良・賤の身分差別は、人民の間では早くも8世紀末には事実上崩壊し始めた。そして、古代の身分制は、賤民を含む人民の解放への営みによって切り崩されていった。[成澤榮壽]

中世

中世の賤民(被差別民)は、人格的な隷属関係をもたないまったく無視されたアウトサイダーであった。中世社会には、被差別民のほかに、蔑視・差別されていた存在として下人(げにん)、所従(しょじゅう)があったが、彼らは貴族、寺院、武士、有力な庶民と隷属的な主従関係にあり、世間(せけん)(一般社会内)で生活していた。僧侶(そうりょ)は世間の外にいたが、庶民と同等またはそれ以上の存在であった。中世被差別民は世間の外にあり、かつ庶民より下の蔑視された存在であった。彼らは非人・河原者(かわらもの)などさまざまに呼称され、ある程度の集団を形成して都市に存在し、農村にも散在して、生きていくために、きつい仕事、危険な仕事など、人のいやがる仕事をやり、あるいは雑芸能を含む物乞(ご)いに類する行為を行った。中世社会は、身分が制度的に固定されてはおらず、個々人の解放・向上、没落・変転が無数にあって、彼らは社会の底辺に滞留する者が多かったが、流動的な部分も少なからずあった。しかし、中世末期、身分体系が全体として整備の方向をたどり、被差別民もしだいに固定化に向かった。[成澤榮壽]

近世

そのような状況のもとで成立した皮多(かわた)などとよばれた近世初頭の賤民は、まったく無視された存在であった中世被差別民に比べ、その地位は高かったと考えられる。たとえば、当時の検地帳などでは、皮多は農民の一部として記載され、村の支配下に存在し、触穢(しょくえ)観念が流布していたから、斃牛馬(へいぎゅうば)処理などに携わった彼らが蔑視されていなかったとはいえないが、制度的な厳しい差別を加えられてはいなかった。しかし、17世紀なかば、封建的身分制が確立されるなかで、近世大名の皮多に対する差別的統制がしだいに強化され、皮多など賤民は全国的、統一的に穢多(えた)と公称されるようになった。この時期、商品経済の発展のため、階層分化が激化し、多数の浮浪民が出現、彼らの少なくない部分が非人身分となり、17世紀末~18世紀初め、穢多・非人を主要部分とする賤民統制の制度的強化が行われた。
 なお、近世で賤民とよばれていたのは通常、農工商身分の人々であった。穢多・非人などを近世賤民と呼称するのは法制史的用語である。近代になってからも農民・労働者など一般庶民を侮蔑(ぶべつ)的に賤民とよんだ文書が存在する。[成澤榮壽]

近代・現代

1871年(明治4)明治維新の改革、なかんずく封建的身分制の廃止、身分制の再編(華族・士族・平民)の一環として「賤民解放令」が布告され、従来の賤民は平民籍に編入された。しかし、旧賤民身分の人々に対する社会的差別が残存し、部落問題という社会問題となり、部落改善運動にはじまる部落解放運動が勃興(ぼっこう)する。明治初期、旧賤民、ことに旧穢多身分の人々に対して、「新平民」という呼称が用いられるようになり、多くの場合、差別的に用いられた。1907年(明治40)前後から、「新平民」にかわって「特殊部落」の語が全国的に流布した。明治末以降、官庁を中心に「細民部落」が用いられた一時期を除き、「特殊部落」が部落問題の部落に対する呼称の主流となった。この呼称も侮蔑的に使われることが多く、差別と偏見の残存の厳しさを示した。[成澤榮壽]

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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精選版 日本国語大辞典

せん‐みん【賤民】
〘名〙
① いやしい民。下賤の民。下民。
※読本・椿説弓張月(1807‐11)残「賤民(センミン)淳朴にして、忠信の志篤しといへども」 〔史記‐酈生伝〕
② 社会制度の最下層に置かれて、差別されてきた人々。令制では良民より身分的に卑しいとされた(→賤(せん)②)。また、近世、封建的身分制度のもとでは、最下層の身分として置かれ、きびしい差別を受けた穢多(えた)、非人をいった。
※国家八論(1742)官家「その堂上の地下を見ること、良民の賤民を見るよりも甚しく」

出典:精選版 日本国語大辞典
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旺文社日本史事典 三訂版

賤民
せんみん
一般人より低い身分に置かれて差別された人びと
①律令の規定により良民と区別された不自由民
大化前代の奴婢 (ぬひ) を改新以後5賤民とし,陵戸・官戸・家人・公奴婢・私奴婢の5種とした。これを五色の賤という。総人口の1割前後といわれたが,10世紀初めに廃止の法令が出た。
②江戸時代のえた・非人も賤民とされ,他の身分と区別されて賤視された。

出典:旺文社日本史事典 三訂版
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