@niftyトップ

辞書、事典、用語解説などを検索できる無料サービスです。

赤橋英時【あかはし ひでとき】

デジタル版 日本人名大辞典+Plus

赤橋英時 あかはし-ひでとき
?-1333 鎌倉時代の武将。
赤橋久時の子。赤橋守時の弟。鎮西(ちんぜい)探題となり博多に赴任。正慶(しょうきょう)2=元弘(げんこう)3年肥後(熊本県)の菊池武時(たけとき)の反乱鎮定したが,大友貞宗(さだむね),少弐貞経(しょうに-さだつね)らに敗れ同年5月25日自害した。九州二条派の歌壇の中心で,歌は「臨永和歌集」などにある。通称は武蔵修理亮。

出典:講談社
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

世界大百科事典 第2版

あかはしひでとき【赤橋英時】
?‐1333(元弘3)
鎌倉幕府最後の鎮西探題。北条久時の子,執権守時の弟。1321年(元亨1)鎮西探題に就任。しかし得宗専制体制下,鎮西探題も得宗権力機関的性格を強め,在地との矛盾は深まっていった。33年3月後醍醐天皇の討幕運動に応じて菊池武時が挙兵,英時はいったんこれを鎮圧したが情勢の急激な展開のなかで孤立し,九州の有力武士の攻撃をうけて自害した。二条派の歌をよくした。【青山 幹哉】

出典:株式会社平凡社
Copyright (c) Heibonsha Limited, Publishers, Tokyo. All rights reserved.

赤橋英時」の用語解説はコトバンクが提供しています。

赤橋英時の関連情報

関連キーワード

建武新政日本におけるおもな時代区分守邦親王鎌倉幕府元弘の乱赤橋守時安達時顕有元佐弘大仏貞直

他サービスで検索

(C)The Asahi Shimbun Company /VOYAGE MARKETING, Inc. All rights reserved.
No reproduction or republication without written permission.

アット・ニフティトップページへ アット・ニフティ会員に登録

ウェブサイトの利用について | 個人情報保護ポリシー
©NIFTY Corporation