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車塚古墳【くるまづかこふん】

防府市歴史用語集

車塚古墳
 妙見社境内にある前方後円墳[ぜんぽうこうえんふん]です。前方部[ぜんぽうぶ]と後円部[こうえんぶ]にそれぞれ石室[せきしつ]を持つ珍しい古墳です。

出典:ほうふWeb歴史館
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朝日新聞掲載「キーワード」

車塚古墳
古墳時代終末期、7世紀前半に築かれたとされる国内最大級の円墳。1926年に国の指定史跡になった。直径約84メートルの墳丘は3段構造。墳丘の周囲にはが掘られており、その底面からの高さは約11メートル。墳丘の南側に横穴式の石室がある。古墳の総全長は130メートルに達すると推測され、壬生地域最後の権力者のと考えられている。
(2014-09-08 朝日新聞 朝刊 栃木全県 1地方)

出典:朝日新聞掲載「キーワード」

世界大百科事典 第2版

くるまづかこふん【車塚古墳】
車塚とよぶ前方後円墳は,近畿地方を中心として各地に分布している。おそらく,6世紀以前の陵墓が墳形を前方後円に作るのは,宮車をかたどったものであると解説した蒲生君平の《山陵志》の影響による命名であろう。とくに飯岡(いいのおか)(京都府),久津川(くつかわ)(京都府),雲部(くもべ)(兵庫県),八幡(やわた)(京都府),湯迫(ゆば)(岡山県)などの車塚古墳は,それぞれ重要な副葬品を出土している。
飯岡車塚古墳
 京都府綴喜郡田辺町草内にある4世紀後半の前方後円墳。

出典:株式会社平凡社
Copyright (c) Heibonsha Limited, Publishers, Tokyo. All rights reserved.

国指定史跡ガイド

くるまづかこふん【車塚古墳】

栃木県下都賀郡壬生(みぶ)町壬生にある円墳。黒川左岸の段丘上に位置し、同時代の円墳では国内最大級の規模をもち、西側に接して牛塚古墳が、南方約500mには愛宕塚古墳がある。凝灰岩切り石積みの横穴式石室をもち、保存状態もきわめてよいことから、東日本終末期の古墳文化を解明するうえで重要とされる。1926年(大正15)に国の史跡に指定された。古墳は平地に築かれた直径82m、高さ8mと大規模なもので、墳丘頂には平坦面があり、墳丘斜面には葺石(ふきいし)がみられる。その後の調査によって、外周に幅7.5m前後の外堤がめぐっていることが確認されたため、その部分が1978年(昭和53)に追加指定されたが、埋葬施設である石室は古くに開かれてしまったらしく、副葬品は失われ、その記録なども不明。東武鉄道宇都宮線壬生駅から徒歩約20分。

出典:講談社
(C)Kodansha 2013.
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日本大百科全書(ニッポニカ)

車塚古墳
くるまづかこふん

車塚とは前方後円(方)墳の一呼称で、墳丘を車の両輪に見立てたものという。したがって前方後円(方)墳は各地にあり、京都府八幡(やわた)東車塚、同西車塚のように2基が相並んでいる例もある。

[今井 尭]

備前車塚古墳

岡山市中区湯迫(ゆば)、四御神(しのごぜ)境にある備前車塚は尾根頂を利用してつくられた全長48メートルの前方後方墳で、前方部端が撥(ばち)形に開く。葺石(ふきいし)があり裾(すそ)は列石状を示すが埴輪(はにわ)はない。後方部中央に古墳主軸に直交する内法(うちのり)長5.9メートル、幅1.3メートル、高さ1.5メートルの竪穴(たてあな)式石室があり、割竹(わりだけ)形木棺を内包する。盗掘の際に鏡13面、剣、刀、矛、鉄鏃(てつぞく)、短冊(たんざく)形鉄斧(てっぷ)、袋状鉄斧が出土し、学術調査によって鉄鏃、袋状鉄斧、剣、刀、やりがんな、靭(ゆぎ)が出土した。鏡13面はすべて舶載鏡で、内行花文(ないこうかもん)鏡、画文帯(がもんたい)神獣鏡各1面、三角縁(さんかくぶち)神獣鏡11面である。三角縁神獣鏡8種9面には同笵(どうはん)鏡が知られ、その出土古墳は九州から関東に及んでいる。発生期の古墳である。

[今井 尭]

飯岡車塚古墳

京都府京田辺市飯岡(いのおか)に所在する。丘陵端利用の全長87メートルの前方後円墳で、後円部径60メートル、前方部幅48メートルある。後円部の竪穴式石室から石釧(いしくしろ)、車輪石、石製合子(ごうす)、玉類、刀剣などが出土した。いわゆる碧玉(へきぎょく)製腕輪形宝器50余点の出土が注目される。4世紀後半から末葉に属する。

[今井 尭]

雲部車塚古墳

兵庫県丹波篠山(たんばささやま)市(旧雲部(くもべ)村)東本荘(ひがしほんじょう)にある。低丘陵利用の全長139メートルの前方後円墳であり、後円部径82メートル、高さ13メートル、前方部幅89メートル、高さ11メートルで、葺石、埴輪があり広い周濠(しゅうごう)と外堤が巡る。後円部中央や南寄りに長持(ながもち)形石棺を伴う竪穴式石室があり、棺外から甲冑(かっちゅう)4、刀剣42、鉾(ほこ)、鉄鏃束、馬具などが出土した。後円部中央北寄りに埋葬施設がある可能性もある。5世紀中葉から後半に属する。

[今井 尭]

久津川車塚古墳

京都府城陽(じょうよう)市(旧久津川(くつかわ)村)平川の洪積台地にある。周辺6基の古墳とともに久津川古墳群とよばれる。

[今井 尭]

『鎌木義昌・近藤義郎「備前車塚古墳」(『考古学研究』56号所収・1968・考古学研究会)』『梅原末治「飯岡の古墳」(『京都府史跡勝地調査会報告』2所収・1920・京都府)』『末永雅雄著『古墳の航空大観』(1975・学生社)』

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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