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転向文学【てんこうぶんがく】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

転向文学
てんこうぶんがく
1934年前後に出現したプロレタリア文学の新しい傾向で,33年の鍋山貞親,佐野学による『共同被告同志に告ぐる書』を機として続出した共産主義思想の放棄,いわゆる「転向」を主題として書かれた文学村山知義の『白夜』 (1934) ,立野信之の『友情』 (34) ,徳永直の『冬枯れ』 (34) ,島木健作の『』 (34) ,中野重治の『村の家』 (35) などがそれで,転向による良心の痛みを文学者としての一線で耐えようとし,あるいは一歩後退した場所でなお良心的であり続けようとするなど,その主題はさまざまだった。しかし,いずれもプロレタリア文学運動の最盛期における政治主義への反省および私小説の手法をかりたという点では共通した姿勢を示している。

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デジタル大辞泉

てんこう‐ぶんがく〔テンカウ‐〕【転向文学】
昭和初期、権力弾圧によって共産主義思想を放棄した作家によって書かれた、転向を主題とした一群の作品。中野重治の「村の家」、村山知義の「白夜」、島木健作の「癩(らい)」、高見順の「故旧忘れ得べき」など。

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世界大百科事典 第2版

てんこうぶんがく【転向文学】
1933年(昭和8)6月,当時の共産党指導者佐野学,鍋山貞親が獄中から天皇制支持,満州事変肯定,コミンテルン離脱を主張して実質的な共産主義放棄の衝撃的声明を発表,その後の約1年半のあいだに,獄中にあった共産主義者の9割が追随した。これを転向という。当初は転向者の書いたものを転向文学と呼んだが,やがて転向の経緯や良心の表白,再起の決意,そして自虐的退廃やファシズムへの転化などの諸相が転向文学の広さ深さを開示し,戦争下の文学状況と本質的・方法的に骨がらみの様相を呈した。

出典:株式会社平凡社
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日本大百科全書(ニッポニカ)

転向文学
てんこうぶんがく

共産主義・社会主義に拠(よ)っていた作家が、権力の介入によってその信条を放棄したり、あるいは圧迫のない立場に移行したりする、いわゆる転向を主題に据えた文学。また広くそういう体験をもった作家によって書かれた作品も転向文学といわれることがある。

 1933年(昭和8)6月、当時の共産党指導者佐野学(まなぶ)、鍋山貞親(なべやまさだちか)(1901―79)が獄中から「共同被告同志に告ぐる書」いわゆる転向声明を公表、実質的に共産主義放棄を宣したのを契機に、未決囚・既決囚を含む治安維持法被告の大多数はこれに追随して転向の意思を表明し、34年春ごろから相次いで保釈出獄の身となった。この転向体験をもった作家によって書かれた文学、また直接転向体験そのものを題材とした作品は当時のジャーナリズムにも積極的に迎えられて、いわゆる文芸復興なるものと表裏の関係で昭和10年前後の文運をにぎわしたのである。それらのうち34年に発表された村山知義(ともよし)『白夜(びゃくや)』、立野信之(たてののぶゆき)『友情』、窪川鶴次郎(くぼかわつるじろう)『風雲』、徳永直(すなお)『冬枯れ』などは、官憲の抑圧によって余儀なくされた転向を良心の苦悩として私(わたくし)小説風に告白した作品であり、その年から翌年以降にわたって発表された島木健作の『癩(らい)』から『再建』に至る作品(島木は後に『生活の探求』で転向を完成させる)、中野重治(しげはる)の『第一章』に始まって『村の家』ほかを含む連作などは、一歩後退したところからもなお再起への模索を潜ませた作品であって、ともに初期の転向文学の位相を端的に示すものであった。また、35~36年(昭和10~11)に発表された高見順の『故旧忘れ得べき』などに代表される昭和10年代のデカダンス文学も転向文学の一位相とみることができ、そのほか、武田麟太郎(りんたろう)における庶民的日常性への埋没、本庄陸男(ほんじょうむつお)における歴史的次元への遡及(そきゅう)、亀井勝一郎における宗教や古典の世界への自己再生等々の場合、さらに戦争下ファシズムに傾斜した転向作家の場合などをも考え合わせると、強制された転向から、質を転じた自主的転向に至るまでの諸段階を反映した転向文学の諸相は、昭和10年代文学状況の全般にわたって深くかかわっていたということができる。第二次世界大戦後は、「近代文学」同人たちによる戦争責任の追及の過程で転向問題が再提起された。

[高橋春雄]

『本多秋五著「転向文学」(猪野謙二ほか編『岩波講座文学 第5巻』所収・1954・岩波書店)』『荒正人著「転向文学論」(窪川鶴次郎ほか編『日本のプロレタリア文学史的展望の再検討のために』所収・1956・青木書店)』『思想の科学研究会編『共同研究 転向』全3巻(1959~62・平凡社)』『吉本隆明著『芸術的抵抗と挫折』(1963・未来社)』『平野謙著『文学・昭和十年前後』(1972・文芸春秋)』『本多秋五著『転向文学論』第3版(1972・未来社)』『高橋春雄ほか編『現代文芸評論』(1973・双文社出版)』『満田郁夫著「転向と転向文学」(紅野敏郎ほか編『現代文学講座 第5巻』所収・1974・至文堂)』『磯田光一著『比較転向論序説――ロマン主義の精神形態』増補版(1974・勁草書房)』『小田切秀雄著「転向文学とモダニズム」(『岩波講座文学 第7巻』所収・1976・岩波書店)』『高橋春雄著「転向文学の一位相――『再建』の背景をめぐって」(昭和文学研究会編『昭和文学の諸問題』所収・1979・笠間書院)』『ドナルド・キーン著、徳岡孝夫・角地幸男訳『日本文学史 近代・現代篇4』(1987・中央公論社)』『山下悦子著『マザコン文学論――呪縛としての「母」』(1991・新曜社)』『安藤宏著『自意識の昭和文学――現象としての「私」』(1994・至文堂)』『佐藤健一編『中野重治「村の家」作品論集成』全3巻(1998・大空社)』『長谷川啓編『「転向」の明暗――「昭和十年前後」の文学』(1999・インパクト出版会)』『荒正人ほか編著『昭和文学史』上下(角川文庫)』『吉本隆明著『マチウ書試論・転向論』(講談社文芸文庫)』

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精選版 日本国語大辞典

てんこう‐ぶんがく テンカウ‥【転向文学】
〘名〙 共産主義を中心とする左翼的思想を信奉する作家が、権力の強制によってその思想を放棄することを主題とした文学。特に昭和初頭以来の治安維持法による官権の弾圧強化によって転向を余儀なくされたプロレタリア作家たちの左翼運動離脱の問題を扱った文学。
※転向文学論(1954)〈本多秋五〉「日本の転向文学は、ほとんど大部分が作家の転向をあつかっている」

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