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里見氏【さとみうじ】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

里見氏
さとみうじ
清和源氏新田義重の出。その子義俊が上野国里見郷に住したので,里見氏を称したという。代々鎌倉幕府,さらに室町幕府に仕えたが,室町時代中期,家基のとき,関東管領足利持氏の子春王安王を擁して下総結城に拠った。その子義実のとき,房総の豪族東条,神余,丸,安西諸氏の争いに乗じて安房国を取り,白浜に居城した。その後,安房上総平定し,後北条氏と対抗して勢力張した。その後勢力を失い,豊臣秀吉小田原征伐のとき,義康が参陣に遅延して上総を召上げられ,安房9万 2000石に封じられた。関ヶ原の戦いには東軍に従い,3万石を加えたが,忠義の舅大久保忠隣が推挙した大久保長安の不正事件に,忠隣に縁坐して伯耆倉吉3万石に移封された。忠義に子がなく,元和8 (1622) 年,その死により断絶した。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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朝日新聞掲載「キーワード」

里見氏
平安末期から鎌倉初期にかけて活躍した源(新田)義重の子、義俊に始まる氏族。義俊は上野国里見郷(現在の高崎市里見地区)に移り、地名とした。一族からは房総半島(千葉県)をおさめる戦国大名の安房里見氏らが輩出。17世紀初めに徳川幕府に改易され、その出来事が、江戸後期に曲亭馬琴が著した「南総里見八犬伝」のモデルになった。
(2012-08-09 朝日新聞 朝刊 群馬全県 1地方)

出典:朝日新聞掲載「キーワード」

世界大百科事典 第2版

さとみうじ【里見氏】
戦国時代に南房総を領国とした大名。清和源氏新田氏流。新田義重の子義俊が上野国碓氷郡里見郷に住み,里見を称したのに始まる。義俊の9代後の家基が結城合戦で討死し(1441),嫡子義実が逃れて相模国三浦に落ち,三浦氏の援助のもとに安房国白浜に渡り,以後房総里見氏の活動が始まったという。当時の安房国では長狭郡に東条氏,朝夷郡に丸氏,安房郡に神余氏,平群郡に安西氏の4豪族が分立していたが,義実は武略をめぐらせて諸豪を押さえ,1445年(文安2)安房一国を平定したと房総の諸軍記は伝えている。

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日本大百科全書(ニッポニカ)

里見氏
さとみうじ

房総(ぼうそう)地方の戦国大名。清和源氏(せいわげんじ)。新田義重(にったよししげ)の子義俊(よしとし)が上野国(こうずけのくに)碓氷(うすい)郡里見郷(群馬県碓氷郡)に住して里見氏を称したのに始まると伝えられ、15世紀後半~16世紀初頭に里見義実(よしざね)が安房国(あわのくに)を平定し、本拠を館山(たてやま)に置いたとされている。その後上総(かずさ)や三浦半島にも進出し、戦国大名としての地歩を固めた。義実の曽孫(そうそん)義堯(よしたか)、その子義弘(よしひろ)は、古河公方(こがくぼう)の末裔(まつえい)で小弓御所(おゆみごしょ)と称した足利義明(あしかがよしあき)と結んで後北条(ごほうじょう)氏と対抗したが、1538年(天文7)、1564年(永禄7)の両度、下総(しもうさ)国府台(こうのだい)(千葉県市川市)で後北条氏と戦い、敗れて退いた。以後義康(よしやす)のとき安房国9万2000石を豊臣秀吉(とよとみひでよし)から安堵(あんど)され、関ヶ原の戦い(1600)ののち、徳川家康から常陸(ひたち)国内に3万石を加増された。しかしその子忠義(ただよし)のとき大久保忠隣(おおくぼただちか)が大久保長安(ながやす)の不正事件に関連して罪を得たことにより、これに縁座して伯耆(ほうき)3万石に減封され、嗣子(しし)がなく断絶した。

[伊藤喜良]

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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旺文社日本史事典 三訂版

里見氏
さとみし
中世,房総半島を領有した戦国大名
清和源氏新田氏の流。上野 (こうずけ) (群馬県)碓氷郡里見郷に住み里見氏を称す。15世紀中ごろ,義実が安房 (あわ) を平定,のち上総・下総に進出し小田原の後北条氏と対抗し,義弘は1564年下総国府台で北条氏康に敗れ下総を失い,以後衰退。のち豊臣秀吉に降り安房9万石を安堵された。関ケ原の戦いのにより常陸 (ひたち) 3万石を加増。その後,大久保忠隣 (ただちか) の罪に縁坐し伯耆 (ほうき) 国(鳥取県)に転封され,嗣子なく1622年断絶した。

出典:旺文社日本史事典 三訂版
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