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野々村仁清【ののむら にんせい】

美術人名辞典

野々村仁清
江戸前期の陶工丹波生。名は清右衛門、通称清兵衛。金森宗和の指導を得て優雅な色絵陶や、仁清釉と称される茶器類を残す。寛永頃を中心に活躍し、万治年間(1658~1661)に歿。

出典:(株)思文閣

デジタル大辞泉

ののむら‐にんせい【野々村仁清】
江戸初期の陶工。丹波の人。通称、清右衛門。京都御室(おむろ)の仁和寺(にんなじ)門前にを築いた。優雅な作風で、蒔絵(まきえ)を応用した色絵陶器を得意とした。京焼の大成者ともされる。生没年未詳。

出典:小学館
監修:松村明
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デジタル版 日本人名大辞典+Plus

野々村仁清 ののむら-にんせい
?-1694? 江戸時代前期の陶工。
京都粟田口(あわたぐち),尾張(おわり)(愛知県)瀬戸でまなび,正保(しょうほ)4年ごろ京都仁和寺(にんなじ)門前に窯をひらく。金森宗和の指導のもとに唐物(からもの),瀬戸写しの茶入れなどをつくり,京焼色絵陶器を大成した。元禄(げんろく)7年?死去。丹波桑田郡(京都府)出身。通称は清右衛門。作品に「色絵藤花図茶壺」「色絵雉子(きじ)香炉」など。

出典:講談社
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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

世界大百科事典 第2版

ののむらにんせい【野々村仁清】
江戸前期の京焼陶工。生没年不詳。野々村清右衛門といい,丹波国野々村(,京都府北桑田郡美山町)の出身といわれる。若くして瀬戸,美濃,京都粟田口などで陶法を学び,1647年(正保4)ころ御室(おむろ)仁和寺門前に御室焼をはじめた。明暦年間(1655‐58)には仁和寺の〈仁〉と清右衛門の〈清〉の字を合わせて〈仁清〉と称し,製品に〈仁清〉の銘印を捺(お)した。開窯期の御室窯は唐物や瀬戸写しの茶入,高麗茶碗写しなどを主流に金森宗和好みの斬新な器形,瀟洒な銹絵(さびえ)(鉄絵の一種)や染付,色絵などを施した茶器や懐石道具などを製作した。

出典:株式会社平凡社
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

野々村仁清
ののむらにんせい
江戸時代,慶安期頃 (1648~52) から延宝 (73~81) 期頃に活躍した陶工。丹波国北桑田郡野々村の出身。通称,清右衛門。仁清の号は仁和寺と清右衛門の頭文字をとって仁和寺門跡から与えられたもの。京都の粟田口や美濃の瀬戸で製陶を学び,のち仁和寺門跡と知合い同寺門前に窯 (御室窯) を築いて,おもに茶器類を焼いた。作品は御室 (おもろ) 焼と呼ばれ,特に錦手にすぐれ,絵付けは伝統的な画風に従い,また蒔絵の黒漆地や金砂子の効果を取入れた日本趣味豊かなもので,茶壺に傑作が多い。彫塑技術にもすぐれ宝螺貝 (ほらがい) ,雉子 (きじ) などの香炉の遺品がある。作品には大小の仁清印が押されている。主要作品『色絵輪宝羯磨 (りんぽうかつま) 』 (57,藤田美術館) ,『色絵雉香炉』 (石川県美術館) ,『色絵藤花文茶壺』 (MOA美術館) ,『色絵梅月文茶壺』 (東京国立博物館) ,『色絵桜花文茶壺』 (静嘉堂文庫) 。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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日本大百科全書(ニッポニカ)

野々村仁清
ののむらにんせい

生没年未詳。江戸初期(17世紀後半)の京焼の名工。丹波(たんば)国(京都府)野々村の出身と伝えられ、本名は清右衛門(せいえもん)。早くから京都粟田口(あわたぐち)で修業し、ついで瀬戸に赴き茶陶を学んだ。帰洛(きらく)後、茶人金森宗和(かなもりそうわ)の推挙で洛西の御室(おむろ)仁和寺(にんなじ)門前に開窯。門跡から仁和寺のと清右衛門のをとった仁清の号を賜り、以後これを銘印とした。

 仁清の名は慶安(けいあん)2年(1649)の文献に初出する。作品のほとんどが茶器や懐石道具で、当時すでに時流は、従来の「わびさび」から「きれいさび」にかなう華美な茶風に移行し始めていたため、みごとにこの傾向をとらえ、すでに京で試みられていた色絵上絵付(うわえつけ)法を習得し、新様式の頂点にたつ陶工として絶大な声価を得た。その指導者として宗和の存在は大きく、もっぱら宗和好みの「きれいさび」の美意識に基づく茶陶が焼かれた。1656年(明暦2)宗和が没するまでには色絵法を大成し、以後1660年代~70年代が全盛期と推測される。仁清の作陶を代表する色絵陶磁の多くはこの時期の焼造とみられ、梅月・藤(ふじ)・吉野山・若松・芥子(けし)などの茶壺(つぼ)、梅・牡丹(ぼたん)・菊水などの水指(みずさし)、雉子(きじ)や法螺貝(ほらがい)の香炉などが著名で、国宝、重要文化財の指定も多い。茶人や宮方の需要にちなんで形や文様に堂上趣味の意匠の著しいのも仁清作品の特色といえる。

 1694年(元禄7)までには2代清右衛門が家督を継いでいるが、その力量は初代にはるか及ばず、御室焼とも称された仁清窯も一挙に凋落(ちょうらく)したと考えられる。したがって遺品には2代目の作品もあるはずであるが、その弁別は不詳。作品は量産品と一品制作とを区別したものと思われ、現存する「仁清」の捺印(なついん)のある遺品のほとんどは一品制作であり、類型的なものの大半が消失していることが、窯址(ようし)出土の陶片と伝世品との比較から判じられる。

[矢部良明]

『河原正彦編『日本陶磁全集 27 仁清』(1976・中央公論社)』『満岡忠成編『世界陶磁全集 6 江戸(1)』(1975・小学館)』

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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旺文社日本史事典 三訂版

野々村仁清
ののむらにんせい
生没年不詳
江戸前期の陶工
通称清右衛門 (せいえもん) 。丹波(京都府)野々村に生まれ,京都仁和寺前で製陶に従事。作風は典雅優美で蒔絵 (まきえ) の趣を応用して色絵陶器を創作した。国宝『色絵藤花文 (ふじはなもん) 茶壺』などが代表作で,京焼のといわれる。

出典:旺文社日本史事典 三訂版
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精選版 日本国語大辞典

ののむら‐にんせい【野々村仁清】

出典:精選版 日本国語大辞典
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