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野呂元丈【のろげんじょう】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

野呂元丈
のろげんじょう
[生]元禄6 (1693).伊勢
[没]宝暦11 (1761).7.4.
江戸時代中期の本草学者。名は実夫,通称源次,号は連山。父は高橋善太郎。野呂三省の養子。京都に出て医学を山脇玄修に,儒学を並河天民,本草学を稲生若水に学んだ。享保5(1720)年幕府採薬御用となり各地を採集旅行した。元文5(1740)年将軍徳川吉宗により,青木昆陽とともにオランダ語を学び,毎年江戸参府オランダ人と対談し,蘭書『本草図譜』を研究,『阿蘭陀本草和解』を著した。そのほか『狂犬咬傷治方』『仏足石碑考』などの著書がある。

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デジタル大辞泉

のろ‐げんじょう〔‐ゲンヂヤウ〕【野呂元丈】
[1694~1761]江戸中期の本草学者。伊勢の人。本姓高橋、名は実夫。儒学医学本草学を学び、幕府採薬御用で各地を旅行。参府のオランダ人に質問し、「阿蘭陀本草和解」を著した。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plus

野呂元丈 のろ-げんじょう
1694*-1761 江戸時代中期の医師,本草家。
元禄(げんろく)6年12月20日生まれ。儒学を並河天民,医学を山脇玄修,本草学を稲生若水(いのう-じゃくすい)にまなび,幕府の御目見医師,寄合医師となる。江戸参府のオランダ人医師や通詞(つうじ)に接して「阿蘭陀(オランダ)本草和解(わげ)」などを翻訳した。宝暦11年7月6日死去。69歳。伊勢(いせ)(三重県)出身。本姓は高橋。名は実夫。号は連山。

出典:講談社
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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

江戸・東京人物辞典

野呂元丈
1693〜1761(元禄6年〜宝暦11年)【学者】西洋本草学を学び、蘭学興隆の基礎を築く。 本草学者。伊勢国生まれ。京都で中国本草学の大家稲生若水に本草学を学ぶ。1740年、将軍吉宗の命を受けてオランダ語を学び、西洋本草学を質疑した。これは、経済と流通機構発達により、幕府が殖産開発策として、本草学に力を入れたためである。青木昆陽とともにオランダ書籍の解読をし、蘭学興隆の基礎を築いた。

出典:財団法人まちみらい千代田
監修:江戸東京博物館 都市歴史研究室長 北原 進
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世界大百科事典 第2版

のろげんじょう【野呂元丈】
1693‐1761(元禄6‐宝暦11)
江戸中期の医家,本草家。伊勢国松坂在の地士高橋家の次男に生まれ,20歳で父の従兄の医師野呂家の養子となった。名は実夫,通称は源次,連山と号した。京都に上り医を山脇玄修(道立),儒を並河天民,本草を稲生若水に学び,幕府の国産薬種資源調査の政策を受けて1719年(享保4)江戸に出て採薬御用となり,若水門の同学丹羽正伯とともに日光ほか関東一円,さらに中部,北陸,近畿各地で採薬に従事,34年には伊豆七島にも及んで,同年宅地を江戸紀国橋の傍らに賜った。

出典:株式会社平凡社
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大辞林 第三版

のろげんじょう【野呂元丈】
1693~1761 江戸中期の本草学者・蘭学者。伊勢の人。稲生いのう若水らから本草学を学び、諸国を実地調査。江戸参府のオランダ商館員の協力を得て本草書を解読、「阿蘭陀本草和解おらんだほんぞうわげ」を著した。

出典:三省堂
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日本大百科全書(ニッポニカ)

野呂元丈
のろげんじょう
(1693―1761)
江戸中期の本草(ほんぞう)学者。医官。伊勢(いせ)国(三重県)の人。本草を稲生若水(いのうじゃくすい)、医術を山脇玄修(やまわきげんしゅう)(1654―1727)に学ぶ。1720年(享保5)幕命で丹羽正伯(にわしょうはく)と諸国を採薬。1739年(元文4)幕府医官となる。翌1740年将軍徳川吉宗(よしむね)の命で青木昆陽(こんよう)とオランダ使節に随行した通詞に蘭学(らんがく)を学ぶ。蘭医ムスクルスPhilip Pieter Musculusに本草について質問し、通詞の助力でドドネウスRembertus Dodonaeus(1517/1518―1585)著の本草書を訳述し『阿蘭陀(おらんだ)本草和解』2冊を著し、西洋本草の先行文献となった(1744年ころ)。なおヨンストンJohannes Jonston(1603―1675)著の訳書『阿蘭陀禽獣虫魚図和解(きんじゅうちゅうぎょずわげ)』は博物書である。[根本曽代子]

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367日誕生日大事典

野呂元丈 (のろげんじょう)
生年月日:1693年12月20日
江戸時代中期の医師;本草学者;蘭学者
1761年没

出典:日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」
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精選版 日本国語大辞典

のろ‐げんじょう【野呂元丈】
江戸中期の医者、本草家。本名実夫。号は連山。通称源次。元丈は字(あざな)。伊勢国(三重県)の人。医学、儒学、本草学を修め、幕府の命で各地で薬草を採集。八代将軍吉宗の命で青木昆陽とともにオランダ薬物の研究をし「阿蘭陀本草和解」を著した。蘭学の先駆者。元祿六~宝暦一一年(一六九三‐一七六一

出典:精選版 日本国語大辞典
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旺文社日本史事典 三訂版

野呂元丈
のろげんじょう
1693〜1761
江戸中期の本草学者・医者で,蘭学発達の先駆者
伊勢(三重県)の人。京都に出て,医学を山脇玄修,儒学を並河天民 (てんみん) ,本草学を稲生若水に学んだ。1720年幕府の命で薬草採集に各地を行脚 (あんぎや) 。のち幕府の医官となり青木昆陽とともにオランダ語を学び,日本最初の西洋本草学書『阿蘭陀 (オランダ) 本草和解』12巻を著した。

出典:旺文社日本史事典 三訂版
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