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金剛流【こんごうりゅう】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

金剛流
こんごうりゅう
能の流派シテ方大和猿楽四座の1つ。大和猿楽坂戸座が起源。鎌倉時代は法隆寺に仕えた呪師 (じゅし) 猿楽の座であったという。流祖坂戸氏勝とし,6世善岳正明以後,金剛を称す。7世氏正 (1507~76) は鼻金剛といわれた名手豊臣秀吉に仕えた。喜多流の喜多七太夫は一時金剛七太夫を名のったこともある。江戸時代以降は徳川家に仕えた。右京頼勝は能面「孫次郎」の作者といわれ,脚疾 (あしばや) 又兵衛といわれた又兵衛長頼 (1662~1700) らが出ている。明治維新以後,名人といわれた唯一の孫の 23世金剛右京 (1872~1936) で坂戸金剛は断絶したが,未亡人および他の四流宗家の斡旋により,弟子家の京都金剛の金剛巌 (1世,1886~1951) が宗家となる。初世巌の死後は2世巌 (1924~98) が宗家を継いだ。京都に金剛楽堂を有し広田豊島種田・今井氏らの弟子家を擁し,東京に東京金剛会がある。芸風は舞金剛といわれるの鮮かさに特徴を有する。

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デジタル大辞泉

こんごう‐りゅう〔コンガウリウ〕【金剛流】
能のシテ方の流派の一。大和猿楽坂戸座の流れで、幕末までは金剛座といった。室町時代坂戸孫太郎氏勝を流祖とする。現在は京都に本拠をもつ。

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世界大百科事典 第2版

こんごうりゅう【金剛流】
能のシテ方の流派名。坂戸郷と呼ばれた奈良県生駒郡平群(へぐり)町付近を本拠地として法隆寺に奉仕した坂戸座(鎌倉時代から記録所見)が源流らしく,室町初期には春日興福寺に仕する大和猿楽四座の一つとなった。1721年(享保6)に幕府へ提出した書上(かきあげ)および家元系図では,足利義満時代の坂戸孫太郎氏勝(1280‐1348)を流祖とし,金剛三郎正明(1449‐1529)から金剛姓とするが,確実なことはわからない。

出典:株式会社平凡社
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大辞林 第三版

こんごうりゅう【金剛流】
能のシテ方五流の一。孫太郎氏勝を流祖とする。金剛氏正(1507~1576)が中興。

出典:三省堂
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日本大百科全書(ニッポニカ)

金剛流
こんごうりゅう
能の一流派。シテ方五流の一つ。南北朝ごろ大和猿楽(やまとさるがく)の一座として興福寺に属していた坂戸座(さかとざ)の後の名。坂戸座は奈良県生駒(いこま)郡三郷(さんごう)村坂戸に座があったのでこの名があり、鎌倉時代は法隆寺に属した呪師(じゅし)猿楽の座といわれる。14世紀初めの坂戸氏勝(うじかつ)を流祖というが、明らかでない。氏勝から数えて6世の善岳正明(ぜんがくまさあき)のとき、姓を金剛と改めた。中興の祖は鼻金剛とよばれた8世金剛氏正で、豊臣(とよとみ)秀吉から金剛座800石の朱印を得ている。江戸時代は徳川幕府に仕えた。のち喜多流をおこした喜多七大夫(しちたゆう)が一時金剛大夫を継いだ時期もあり、能面「孫次郎」の創作者と伝えられる右京頼勝(よりかつ)や、「脚疾(あしばや)又兵衛」とあだ名された名手の又兵衛長頼(ながより)らが名高い。明治維新後は、氏成(うじしげ)(唯一)・泰一郎父子が東京・麻布の能舞台を中心に能楽復興の先駆をなしたが、移転、焼失などの不幸が重なった。泰一郎の子、23世金剛右京氏慧(うじやす)は独自の鮮やかな技(わざ)と故実に明るい見識で名声が高かったが、不遇であった。そして遺言により1936年(昭和11)彼の死をもって坂戸金剛家は断絶した。
 しかし他の四流宗家の斡旋(あっせん)もあって、同年中に、弟子家である京都金剛家の金剛巌(いわお)(初世)が、坂戸金剛とは別に金剛宗家をたてた。本来野村姓の禁中出入りの能役者の家柄で、2世巌(初世の三男)の曽祖父(そうそふ)の禎之助(ていのすけ)の代から金剛姓を許されている。流儀の芸風は俗に「舞(まい)金剛」といわれる型の鮮やかさに、京都風の優美さを加えている。写実味が強く、早技(はやわざ)を得意とする。京都の金剛能楽堂(常用されている能舞台ではもっとも古い)を拠点に、宗家父子を中心に豊島(てしま)、種田、今井、広田の各家が活躍し、東京には金剛右京の弟子である故奥野達也(たつや)の後継者たちがいる。機関誌『金剛』をもつ。[増田正造]

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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精選版 日本国語大辞典

こんごう‐りゅう コンガウリウ【金剛流】
〘名〙 能楽シテ方の一流派。大和猿楽四座の一つで、坂戸を名のった。足利義満時代、孫太郎氏勝を祖とし、四代後の金剛三郎正明から金剛座を名のった。八世氏正(一五〇七‐七六)は豪快な芸風の持ち主で、同流中興の祖。写実的で豪快な型が特徴。明治期には金剛右京が有名。京都に本拠を持つ。金剛。

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