●金本位制度【きんほんいせいど】
ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
金本位制度
きんほんいせいど
gold standard system
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デジタル大辞泉
きんほんい‐せいど〔キンホンヰ‐〕【金本位制度】
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世界大百科事典 第2版
きんほんいせいど【金本位制度 gold standard】
[定義]
一国の貨幣制度の基礎となる貨幣すなわち本位貨幣が金の一定量と等価関係におかれている制度。この制度のもとでは,(1)一国の通貨一単位の価値は一定量の金によって示され,それを法定平価(金平価)と呼ぶ。最も古典的なのは,その国の基準となる通貨(本位通貨)が金貨の場合である。第1次大戦以前には,金本位制をとる各国の通貨は金貨であったから,金貨本位制度gold coin standardとも呼ばれた。
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日本大百科全書(ニッポニカ)
金本位制度
きんほんいせいど
gold standard 英語
Goldwährung ドイツ語
金の確定分量を貨幣単位(金平価という)として鋳造される本位貨幣(金貨)を基礎に、一国の通貨・信用構造が成立している貨幣制度で、金の自由鋳造・溶解、金の自由な輸出入、銀行券の自由兌換(だかん)によって価格の度量標準を制度的に固定し、貨幣価値の変動を機構的に防止しようという制度。金の自由鋳造・溶解は、本位貨幣の流通中の磨滅によって生じる価格の度量標準の事実上の引下げを防ぎ、かつ金の鋳造価格と市場価格との乖離(かいり)を防ぐことから貨幣価値を安定させる。金の輸出入の自由は、隔地送金の費用節約のためにつくりだされた為替(かわせ)取引に伴う為替相場の動揺を金現送点の範囲内から逸脱させない役割を果たす。銀行券の自由兌換は、流通必要量に対してその額面総額が過剰になり価格の度量標準が変動するのを防ぐ。しかし、銀行券は手形割引や貸付によってまず発行され、兌換は一定のタイム・ラグののちに事後的になされるものであるから、支払準備が枯渇して兌換請求に応じられなくなる可能性をもつ。これをあらかじめ防止するために、中央銀行は支払準備金量に発券量を結び付けてその目安とし(金準備発行)、貸出金利を上下して借入需要を調節する。そしてこのような中央銀行の信用操作によっても調節されない分が兌換によって最終的に調整されることになる。さらに金本位制度を採用している2国間においては、それぞれの国の金平価からそれぞれの通貨の交換比率が算定される。これを法定為替相場といい、各国はこの相場を維持するため、国際収支が不均衡のときは金の現送を行わなくてはならない。このような制度を国際金本位制度という。国際金本位制度をとっている国では、金兌換と法定為替相場を維持しておれば、国内物価の安定と国際収支の均衡は自動的にもたらされるとされた。
このように金本位制度の核心は、金が貨幣商品となっているもとで、銀行券の金による兌換が制度的に保証されており、これによって価格の度量標準が最終的に固定されるところにある。このような金本位制度は、第一次世界大戦前の国際金本位制度のもとでは主要国でとられており、金貨本位制度ともいわれる。第一次世界大戦後の再建金本位制度下では、金をより節約した金地金本位制度(金貨を発行せず法定された一定金額に限って金地金でもって兌換に応ずる制度)や金為替本位制度(金貨本位制度国または金地金本位制度国の通貨による支払約束でもって兌換に応ずる制度)がとられた。この両者をあわせて金核本位制度ともいう。金貨本位制度と金核本位制度との根本的相違点は、前者においては通貨調節の主要な手段が兌換であり、中央銀行の管理操作はその補助的な措置にすぎないのに対して、後者においては兌換よりもむしろ金融操作が主となっているところにある。
[齊藤 正]
歴史
金本位制度を歴史上最初に法制化したのはイギリスである。イギリスは14世紀から18世紀後半にかけて長く金銀複本位制度の状態にあったが、1798年に銀貨の自由鋳造を禁止し(跛行(はこう)本位制度)、1816年には金の単本位制度が法定された(The Gold Standard Act of 1816)。さらに1797年以来兌換が停止されていたイングランド銀行券は、1821年金貨との兌換が再開され、1833年には金貨とともに法貨と認定された。そして1844年のピール銀行条例による金準備発行制度(保証発行直接制限制度)の定めによって金本位制度が制度的に確立をみた。ヨーロッパ大陸諸国ではドイツがイギリスに追随して1873年、プロイセン・フランス戦争の賠償金を基礎として金本位制度に移行、これを機に銀本位制度や金銀複本位制度をとっていた諸国が金本位制度に移行し始める。これは1850~1860年代に金生産が急増したことを一般的背景とし、直接には金銀比価の急激な低下による。1865年にフランスを中心にベルギー、スイス、イタリアがラテン貨幣同盟を結成し、複本位制度の維持に努めていたが、フランスが1876年に銀の自由鋳造を停止したのを機に貨幣同盟も崩壊し、以後ヨーロッパの貨幣制度は金本位制度が支配的となった。アメリカは独立後、金銀複本位制度をとっていたが、1837年に単本位制度に移行し、南北戦争によって一時兌換を停止した(グリーンバック紙幣の時代)のち、1879年から兌換を再開し、1900年の金本位法によって法制化された。日本は1871年(明治4)の新貨条例により金本位制度を採用したが、事実上は銀本位制度であり、名実ともに金本位制度が確立するのは1897年、日清(にっしん)戦争の賠償金を基礎にした兌換銀行券条例の改正と貨幣法の制定(金平価は1円=純金750ミリグラム)とによってであった。このように19世紀後半には、世界の主要国において金本位制度がとられ、20世紀初頭には世界的な普及をみたため、第一次世界大戦までの期間は国際金本位制度の「黄金時代」といわれている。
ところで、主要国の金本位制度は金貨本位制度であったが、中央銀行の金準備と銀行券発行限度との関係は各国さまざまであった。このような均一な内容ではない各国の体系が一つの統一的な国際金本位機構として機能しえたのは、ひとえに世界の工場であるイギリスの隔絶した経済的優位性によるものである。ポンド・スターリング、ロンドン金融市場、ロンドン金自由市場が、工業国イギリスと農業国である他国との相互補完的で安定的な国際関係を保証したのであった。
第一次世界大戦中に停止状態となる国際金本位制度は1920年代なかばに再建されるが、アメリカの金貨本位制度への復帰は例外的で、主要国は金核本位制度を、周辺諸国は金為替本位制度を採用した。しかし、1930年代の世界不況のなかで大半の諸国が金本位制度を放棄し、国際金本位制度は崩壊したのであった。日本も第一次世界大戦中の1917年(大正6)に金本位制度を一時停止し、その後1930年(昭和5)に元の平価で復活したが、翌1931年に再停止して今日に至っている。
[齊藤 正]
『侘美光彦著『国際通貨制度』(1976・東京大学出版会)』▽『西村閑也著『国際金本位制とロンドン金融市場』(1980・法政大学出版局)』▽『小島仁著『日本の金本位制時代』(1981・日本経済評論社)』▽『玉野井昌夫他編『川合一郎著作集』全6巻(1981~82・有斐閣)』▽『春井久志著『名古屋学院大学産業科学研究所研究叢書7 金本位制度の経済学――イギリス金本位制度の理論と歴史・政策』(1992・ミネルヴァ書房)』▽『マルチェロ・デ・チェッコ著、山本有造訳『国際金本位制と大英帝国――1890‐1914年』(2000・三嶺書房)』
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精選版 日本国語大辞典
きんほんい‐せいど キンホンヰ‥【金本位制度】
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