@niftyトップ

辞書、事典、用語解説などを検索できる無料サービスです。

鉄仏【てつぶつ】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

鉄仏
てつぶつ
鉄造の仏像より施工が困難で鋳肌が銅に劣るので古くは行われなかったが,材料が廉価なため鎌倉時代から室町時代にかけて東日本で多く造立された。建保6 (1218) 年の栃木,北犬飼薬師堂の『薬師如来像』が最古の在銘像。ほかに愛知,法蔵寺寛喜2 (30) 年銘の『地蔵菩薩像』,同長光寺の文暦2 (35) 年銘の『地蔵菩薩像』などの遺品がある。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル大辞泉

てつ‐ぶつ【鉄仏】
鉄を材料として鋳造された仏像。日本では鎌倉・室町時代の遺品が多く、主に中部地方以東の本州にみられる。

出典:小学館
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:田中牧郎、曽根脩
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典 第2版

てつぶつ【鉄仏】
鋳鉄製の仏像。中国では文献によれば563年(北斉の河清2)に鉄丈六仏が製作され,以後造像を伝える史料は多く,遺品としては唐代以後のものが知られる。宋代の遺品として山西省玄中寺にかつてあった建中靖国元年(1101)銘ほかの百数十軀の鉄仏がある。朝鮮では唐咸通6年(865)銘の江原道倒彼岸寺毘盧舎那仏像が在銘遺品の初例であり,9~12世紀を中心として30余軀がのこる。日本では建保6年(1218)銘の栃木県石川薬師堂薬師如来像が在銘像として最も古く,鎌倉~室町時代に多く製作され,東北,関東,および愛知県を中心に90余軀が現存する。

出典:株式会社平凡社
Copyright (c) Heibonsha Limited, Publishers, Tokyo. All rights reserved.

日本大百科全書(ニッポニカ)

鉄仏
てつぶつ

鉄製鋳造の仏像。中国ではすでに六朝(りくちょう)時代(6世紀)に鉄丈六仏(じょうろくぶつ)がつくられた記録があり、隋(ずい)・唐期以降も各時代にわたってつくられたが、宋(そう)代にもっとも盛行した。これは、中国の産銅量が輸出を含む需要に及ばなかったため、厳しい禁銅令が施行された結果とみられる。朝鮮でも新羅(しらぎ)時代の末から高麗(こうらい)時代にかけて流行したが、これも銅の産出が乏しかったことによる。

 日本では平安末ないし鎌倉初頭ごろから遺品がみられ、鎌倉・室町期に多く、全国で90体ほどが確認されるが、その90%までが中部地方以東の東日本に集中しており、日本で鉄仏が流行した理由は銅の不足や中国の影響というより、東国の武将たちの鉄に対する一種の信仰のようなものに発すると思われる。神奈川県覚園(かくおん)寺の不動明王坐像(ざぞう)(13世紀初)、栃木県鹿沼(かぬま)市上石川薬師堂の薬師如来(にょらい)坐像(1218)、愛知県法蔵寺の地蔵菩薩(ぼさつ)立像(1230)、同長光寺の地蔵菩薩立像(1235)などは各地の古い作例である。

[佐藤昭夫]

『佐藤昭夫著『鉄仏』(1979・小学館)』

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

鉄仏」の用語解説はコトバンクが提供しています。

鉄仏の関連情報

他サービスで検索

(C)The Asahi Shimbun Company /VOYAGE MARKETING, Inc. All rights reserved.
No reproduction or republication without written permission.

アット・ニフティトップページへ アット・ニフティ会員に登録

ウェブサイトの利用について | 個人情報保護ポリシー
©NIFTY Corporation