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銀座【ぎんざ】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

銀座
ぎんざ
東京都中央南西部の地区。日本を代表する繁華街。1~8丁目まである。 JR有楽町駅,新橋駅,首都高速都心環状線に囲まれた地域にあたる。徳川家康江戸入城後埋立てにより商業地となった。地名駿府の銀座 (銀貨鋳造所) を江戸のこの地へ移したことに由来。明治以後は浅草と並んで東京下町の繁華街として発展。高級専門店,デパート,高級飲食街を形成し,東京の流行をつくる町ともなった。関東大震災,第2次世界大戦で焼土と化したが復興し,東京の都心商店街となった。大戦後,外堀や三十三間堀なども埋立てられ,高層ビル,高速道路の建設が進んだ。しかし東京の拡大とともに,新宿,渋谷六本木青山などが発展して,昔日の圧倒的地位は相対的に低下している。

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デジタル大辞泉

ぎん‐ざ【銀座】
江戸幕府の銀貨鋳造所。勘定奉行の管轄下にあった。慶長6年(1601)伏見に設けられ、のち駿府・京都・江戸・大坂長崎に移転したり新設されたりしたが、その後江戸に統合された。明治2年(1869)造幣局の設置に伴い廃止。
《慶長17年(1612)から寛政12年(1800)までがあったところから》東京都中央区の地名。京橋の南から新橋の北に至る中央通りの東西に沿う地域で、日本を代表する繁華街。また、全国各地の繁華街や人通りの多い場所、ある物が集中する場所の名に付けて用いる。「アルプス銀座」「台風銀座

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世界大百科事典 第2版

ぎんざ【銀座】
東京都中央区南西部にある繁華街。東京あるいは日本を代表する高級商店街として世界的に知られる。行政地名としての銀座は中央通り(かつての銀座八丁で,銀座通りともいう)をはさむ広い範囲に及んでいる。交通便がよく,近くにホテル劇場,映画館も多い。銀座の名の起りは,1612年(慶長17)幕府の銀貨鋳造所,すなわち銀座を駿府からこの地(現在の銀座2丁目)へ移したことに始まる。町屋の発達につれて,この一画が銀座町と呼ばれるようになった。

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ぎんざ【銀座】
江戸幕府の銀貨鋳造所をいう。金座が本来は小判,一分金の鋳造所であったのと同様に,銀座も本来は秤量貨幣としての丁銀(ちようぎん),豆板銀の鋳造所であった。はじめは幕府の留守居年寄に,1689年(元禄2)からは勘定奉行に属した。銀座が徳川氏によって山城の伏見にはじめて設立されたのは1601年(慶長6)であった。関西では室町時代末期から各地の港町や諸都市で極印灰吹(ごくいんはいふき)銀が流通していたが,これは,銀産地のいかんによって,また同じ銀産地のものでも,極印のいかんによって品位が異なっていたから,諸国商人の間での取引の不自由争論を免れることができなかった。

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大辞林 第三版

ぎんざ【銀座】
江戸幕府の銀貨の鋳造・発行所。初め伏見と駿府におかれたが、まもなく京都と江戸に移された。大坂・長崎にもおかれたが、のち江戸銀座に統一された。堺の商人湯浅常是の子孫大黒家が頭役を世襲。銀貨の鋳造・鑑定・封印のほか、中期以後は銭の発行も行なった。1868年(明治1)廃止。 → 金座
◇東京都中央区にある地名。地名は1612年にがおかれたことに由来。明治初期に洋風建築の商店街がつくられ、以後東京随一の繁華街として発展。一丁目から八丁目に分かれる。
各地の中心繁華街の地名に付けて用いられる語。
人でにぎわう所を形容するのに用いる語。 アルプス-

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精選版 日本国語大辞典

ぎん‐ざ【銀座】
[1] 〘名〙
① 慶長六年(一六〇一)五月徳川家康によって取り立てられた銀貨鋳造所。官営ではなく、銀座として特許された町人の一団によって組織されていた。実際に銀貨を鋳造していたのは、伏見から移した京都銀座と、駿府(静岡市)から移した江戸銀座であった。
※銀座書留(江戸中‐後)「慶長十七子年、於江府銀座取建可申旨、被為仰付」
※西洋事情(1866‐70)〈福沢諭吉〉初「総て紙幣及び手形は政府の銀坐より出だす」
[2]
① 東京都中央区南西部の地名。京橋から新橋に至る街路を中心に一丁目から八丁目まで分かれ、俗に銀座八丁という。地名は、江戸時代慶長一七年(一六一二)に、駿府から移された(一)①がこの地に置かれたことに由来する。古くは新両替町、現在は日本の代表的な繁華街。
② 比喩的に、通行量の多い場所の名に用いる。「船の銀座」「アルプス銀座」
[補注](二)(一)にあやかり、全国に銀座の名の付く繁華街・商店街がある。「砂町銀座」「戸越銀座」のように地名を冠した「…銀座」も多い。

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旺文社日本史事典 三訂版

銀座
ぎんざ
江戸時代の銀貨鋳造所
1601年伏見に設けたのが最初で,'08年京都に移した。同じころ駿府(のち江戸に移す)・大坂・長崎にも設けたが,1791年一時廃止され,江戸のみ再興。大黒常是 (じようぜ) 家が代々御銀改役(長官)を世襲し,勘定奉行の支配のもと丁銀・豆板銀などの銀貨を鋳造した。明治維新後に廃止された。

出典:旺文社日本史事典 三訂版
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