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鍛冶屋【かじや】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

鍛冶屋
かじや
兵庫県中部,多可町中東部の集落西脇市近く,播州先染織の織物工場が多い。周辺酒米産地金刀比羅神社大祭は播磨三大祭の一つ。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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デジタル大辞泉

かじ‐や〔かぢ‐〕【鍛冶屋】
鍛冶を職業とする人。また、その家。
を抜くのに用いる、鉄棒一端がL字形に曲がり、釘を挟む割れ目のついた工具

出典:小学館
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:田中牧郎、曽根脩
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世界大百科事典 第2版

かじや【鍛冶屋】
金属を打ち鍛え,諸種器具をつくることを仕事とする人。鍛冶屋の製作する農具や武器は,いつの時代にも人間の生活にとって欠かせない重要な役割を果たしてきた。しかし,鍛冶技術は習得するのが容易でなく,古来,この技術は鍛冶屋が独占的に担ってきた。そのため鍛冶屋は,神秘的な技術を占有する特殊な人々であると考えられた。鍛冶屋にまつわる神話伝説も,世界の諸民族の間で広くみられ,その中に登場する鍛冶屋は,神々のために不思議な力を発揮する道具や武器を作ったり,また,鍛冶技術と共に,農耕や動物の家畜化の方法を地上の人間に初めてもたらしたりしている。

出典:株式会社平凡社
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日本大百科全書(ニッポニカ)

鍛冶屋
かじや

打物(うちもの)つまり金属鍛造の職人のこと。鍛冶ともいう。居職(いじょく)である。番匠(ばんしょう)(大工)と並んで、その専業化の早い職種の一例である。技術史的には古代前期の5世紀末の鍛冶部(かぬちべ)や鍛冶戸(かじべ)の系統を受け継ぐものであるし、社会史的にはそうした工人身分から解放されたものもあったであろうが、鍛冶製品の需要の増大によって、農民層から分化したものが主流であった。12世紀の古代末期には職人として成長していた。しかも、そのなかで、処理・加工する金属の種類による分化や生産品の種類による分化もみられる。銀加工の銀(しろがね)鍛冶・銀(ぎん)細工、銅加工の銅細工、鉄加工の鍛冶というように、鍛冶はおもに鉄加工の技術者のこととなってきた。そうした鍛冶のうち、まず12世紀に刀を生産する刀鍛冶、中世後期の15世紀に農具生産の農具鍛冶、近世の17世紀に鉄炮(てっぽう)生産の鉄炮鍛冶と庖丁(ほうちょう)生産の庖丁鍛冶が分化してきた。一般の鍛冶屋は、刀と鉄炮は別にして、農具・工具や庖丁・鋏(はさみ)などの刃物を需要に応じて生産していた。やがて、そうした金物の特産地として、庖丁の堺(さかい)(大阪府)、工具の三木(兵庫県)、鎌(かま)の武生(たけふ)(福井県越前市)、鎌・庖丁の三条(新潟県)などができてきた。製鉄原料の砂鉄は野たたらによって精錬されていた。近世中期の18世紀になってたたら炉による精錬が始まり、鉄製の農工具や生活用具の生産に発展の基礎をつくり、また、鍛冶屋の生産と経営も安定し、特産地を成立させる条件ともなった。一般の鍛冶屋の道具は、鉄製の金槌(かなづち)、金床(かなとこ)(金敷)、金箸(かねばし)(やっとこ)と箱ふいごである。加熱した固体の金属材料(おもに鉄)を金床の上にのせて金箸でつかみながら金槌で打って形をつくる。金槌は向き合った1人か2人で交互に打つこともある。それは徒弟か手伝いで相槌(あいづち)といい、親方が小さい金槌で軽く打つのに対して、大きい金槌で強く打つ。燃料は木炭である。中世・近世を通じて、鍛冶屋の大部分は一般の顧客を相手に、都市や村落で仕事を続けていたが、近代になると、多くの者は鍛冶工として鉄工場の賃金労働者へと転化して自主性を失い、あるいは関連生産部門に転業していった。また、ある程度の機械を設備することによって、大工場の下請けとして仕事を続ける者もあった。一方に、これまでの道具や設備で特定の顧客を対象に職人としての仕事をしている者も都市や村落にいるものの、その社会的・経済的役割は非常に軽いものになっている。

 鍛冶屋の職祖神または祖神は、一般的には金屋集団の金屋子神(かなやごがみ)(金山神)である。採鉱と冶金(やきん)が未分化で、各地を遍歴していた時代からのものであろうと考えられる。それとは別に、古代では、天目一箇神(あめのまひとつのかみ)や八幡(はちまん)信仰に結び付く鍛冶翁(かじのおきな)、中世では稲荷(いなり)信仰に結び付く稲荷明神が、いずれも祖神あるいは守護神として祀(まつ)られた。これは技術の伝来経路によったものであろう。近世になって、都市に定住するようになると、個別に金属加工職人の内祭(うちまつり)として、稲荷神社の火焼きの日の11月8日に鞴祭(ふいごまつり)が行われるようになったが、今日ではみられない。いまでは職人ではなくて金物問屋などの商人が、金山神を祭る鞴祭を行っている。

[遠藤元男]

西洋

『旧約聖書』に「鉄の細工人はこれをつくるのに炭の火をもって細工し、鎚をもってこれをつくり、強い腕をもってこれを鍛える」(「イザヤ書」44章12節)とある。ここに描かれた鍛冶屋の姿は、ギリシアの壺絵(つぼえ)、ローマの浮彫りから現代に至るまで変わらない。ギリシアの火と鍛冶の神ヘファイストスは本来小アジアの神だった。ハンマーとふいごを使用する鍛冶屋の歴史も、最初に鉄器を生み出したヒッタイト王国から始まる。そこではすでにカリベス人という鍛冶を専門とする者たちがいた。彼らは初め金銀銅よりも貴重な天からの授かり物隕鉄(いんてつ)で、祭祀(さいし)に使う物と装飾品をつくった。その後さらに人工の鉄を生み出し、農業、軍事などに大きな影響を与えることになる。彼らの受けた尊敬と別格の扱いは、鉄のもつ神秘性・普遍性とともにヨーロッパに受け継がれた。中世では金銀銅など鍛冶屋の分業化が進む。鉄鍛冶の装飾的な仕事は修道院・教会内部の格子や扉の金具にみられる。11世紀の単純なC形金具は、12世紀になると2本の鉄棒で複雑な紋様がつくられるようになり、さらに13世紀に入ると、パリのノートルダム寺院の西側の扉の金具のような高度の技術水準に達する。一方、刀鍛冶はスペインのトレド、ドイツのゾリンゲンのように特定の町で発達し、秘密保持のため、焼入れ師、研ぎ師ともども同業組合(ツンフト)は職人の他国への修業を禁じ、世襲を原則とした。また生産過程の分業化ばかりでなく、仕上げ師のツンフトから販売を担当する商人身分が生まれ、商人の力が強くなった。甲冑(かっちゅう)鍛冶は16世紀に最高のできばえを示すが、この世紀から銃が戦争で重要になり、大きな水車利用のハンマーの発達とともに、鉄砲鍛冶は工場的経営に変わっていく。北ドイツの一都市エムデンで錫(すず)製品をつくる親方のもとにきた徒弟数は、1601年から1650年までが54人、1701年から1750年までが34人、1801年から1850年までが18人と減っていく。鍛冶屋は時代が下るにつれてその仕事を大量生産の工場に吸収され、そこに雇われたり、スウェーデンの報告例のようにつくる者から修理する者になったりする。それでもオーストリアの小村ウンターワルトの統計では、この村に1910年に3人の鍛冶屋がいた。いまでも鍛冶屋は数こそ減っているが、各国の町や村にいる。

 鍛冶場は客の注文に応じて風見鶏(かざみどり)、店の看板、長持の金具、鍋(なべ)、釜(かま)から墓の十字架まで多様な物をつくりだしてきた。むろん、犂(すき)、鎌などの農具や馬の蹄鉄(ていてつ)もつくった。そこは何世紀にもわたって男たちが集まっておしゃべりをする場所でもあった。そのためか口承文芸の世界にはしばしば鍛冶屋が登場する。昔話の一つに鍛冶屋が大ぜいの客とか悪魔を席から動けなくしてしまう話があるが、それはヘファイストスが母のヘラを椅子(いす)から動けなくした神話を思い出させる。鍛冶屋には現に口承文芸の語り手である人がいる。イギリスに鍛冶屋が職人の王であることをアルフレッド大王に認めさせる伝説がある。鍛冶屋はそのように古来すべての仕事は自分たちに始まるという誇りをもっていた。16世紀中葉までは親の職業によっては鍛冶職人になれない者がいた。ハンガリーでは鍛冶屋が受けていた大きな尊敬ゆえにその名が地名となって残っており、また数多くの高貴な家が鍛冶屋を先祖としているという。鍛冶屋は蹄鉄を打つばかりでなく、獣医としても知られ、人々の歯痛を止めたりした。鍛冶屋が医者でもあったのは、ヨーロッパ諸国にみられる。オーストリアでは神聖な鉄で牛・羊などの犠牲獣をつくってもらい、教会に納めて無事を祈った。しかしスイスの山村地帯では呪的(じゅてき)世界とかかわる不気味な存在として、鍛冶屋は仕事を重宝がられながら、恐れられ、農民の共同体から締め出されていた。

[飯豊道男]

『L・ベック著、中沢護人訳『鉄の歴史』全5巻17分冊(1974~75・たたら書房)』『C・シンガー他編、平田寛他訳『増補新版 技術の歴史』全14巻(1978~81・筑摩書房)』『飯田賢一著「製鉄」(『日本科学技術史』所収・1962・朝日新聞社)』『山口啓二他著『採鉱と冶金』(『講座・日本技術の社会史 第5巻』1983・日本評論社)』

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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精選版 日本国語大辞典

かじ‐や かぢ‥【鍛冶屋】
〘名〙
① 鍛冶を職業とする人。また、その家。
※宇津保(970‐999頃)吹上上「ここはかぢや。しろがね・こがねのくぢ廿人ばかりゐて」
② 釘抜きに用いる鉄梃(かなてこ)。両端に釘の頭をはさむ裂け目があり一方の端は鉤の手状になっている。
※談義本・虚実馬鹿語(1771)五「鉄手子の事を鍛冶屋(カヂヤ)といひ」

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