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鎮守府【ちんじゅふ】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

鎮守府
ちんじゅふ
(1) 奈良平安時代に,蝦夷鎮圧のため,朝廷陸奥国に設置した軍事機関をいう。初め陸奥鎮所といい,のち鎮守府と改称されて多賀城 (→多賀城跡 ) ,次いで延暦 21 (802) 年胆沢 (→胆沢城跡 ) を本拠とした。将軍軍監軍曹などの職がおかれた。鎌倉幕府のとき廃止され,建武中興で一時復活,足利尊氏,北畠顕家らが将軍に任じられた。 (2) 明治以後はもっぱら海軍の用兵機関をさし,初め明治4 (1871) 年7月兵部省に設置された海軍提督府がその前身。諸港の防備を司り,1876年8月 31日東海・西海鎮守府と改名された。 84年 12月 15日鎮守府条例に基づき横須賀中枢が移され,のち佐世保,日露戦争後は旅順にもおかれた。所轄機構には参謀造船,屯営,軍医,兵器,監獄,武庫,軍法会議などの各部があり,軍港司令部を管下においた。第2次世界大戦終戦に伴って廃止。

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デジタル大辞泉

ちんじゅ‐ふ【鎮守府】
奈良・平安時代、陸奥(むつ)出羽(でわ)蝦夷(えぞ)鎮圧のために置かれた軍政官庁。初め多賀城に置かれ、のちに胆沢(いさわ)城、さらに平泉に移った。
旧日本海軍で、所管海軍区の警備・防御に関することをつかさどり、所属部隊を監督した機関。横須賀佐世保舞鶴の各軍港に置かれた。

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世界大百科事典 第2版

ちんじゅふ【鎮守府】
旧海軍の機関で,海軍の根拠地として艦隊後方轄した。その前身は1871年(明治4)兵部省内に設置された海軍提督府である。75年日本周辺を東西の2海面に分け,東西両指揮官の指揮下に置くことになり,76年東海,西海の両鎮守府を設置することになった。東海鎮守府はまず横浜に仮設され(西海鎮守府は開設されず),84年には横須賀に移転され,横須賀鎮守府と改称された。86年海軍条例の制定により,日本の沿岸,海面を5海軍区に分け,各海軍区に鎮守府と軍港が設置されることになり,横須賀のほかに,89年には呉と佐世保に,1901年に舞鶴に鎮守府が開庁した。

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ちんじゅふ【鎮守府】
古代の陸奥国に置かれた軍政をつかさどる役所。その長官である将軍の名が729年(天平1)に初めて見えることから,奈良時代前半には鎮守府が設置されたと思われる。鎮守府の前身を《続日本紀》に見える〈鎮所(ちんじよ)〉とする考え方が根強い。しかし〈鎮所〉は鎮守府の存在と密接に関連した呼称であるが,本来正式な機関名としての鎮守府とは同列に置いて比較すべき用語ではない。鎮守府ははじめ,多賀城に置かれた。759年(天平宝字3)には将軍以下の俸料(ほうりよう)と付人の給付が陸奥の国司と同じと決められた。

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大辞林 第三版

ちんじゅふ【鎮守府】
旧日本海軍で、主要な軍港に置かれ各海軍区の警備、部隊の監督などを行なった機関。第二次大戦敗戦時には横須賀・呉・佐世保・舞鶴の四鎮守府があった。
古代、蝦夷えぞ地経営のために陸奥むつ国に置かれた軍政府。はじめ多賀城にあり、のち胆沢いさわ城に移った。

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精選版 日本国語大辞典

ちんじゅ‐ふ【鎮守府】
〘名〙
① (「ちんじゅぶ」とも) 奈良・平安時代、陸奥国で蝦夷地経営に当たった軍政機関。養老六年(七二二)頃には鎮・鎮所などと称されたが天平年間(七二九‐七四九)頃に改称。当初多賀城に設けられ、のち胆沢城(岩手県水沢市辺)・平泉などに移り、鎌倉幕府開設に及んで廃止、建武中興の際一時復活した。鎮守。
※三代格‐五・弘仁三年(812)四月二日「定鎮守府官員事 将軍一員 軍監一員 軍曹二員 医師弩師各一員」
※建武年間記(南北朝頃)「請大将軍号状〈略〉爰顕家官昇八座。位至二品。依別勅当州。剰以勲功賞鎮守府
③ 旧日本海軍で、各海軍区の警備や所属部隊の監督などを担当した機関。明治九年(一八七六)横浜・長崎に置かれた東海・西海両鎮守府に始まり、昭和二〇年(一九四五)の敗戦時には横須賀・呉・佐世保・舞鶴の四鎮守府があった。
※東京日日新聞‐明治二一年(1888)一月五日「佐世保鎮守府建築起工式を行ひ」

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旺文社日本史事典 三訂版

鎮守府
ちんじゅふ
①古代,東北地方の蝦夷 (えみし) 征討のため陸奥国に置かれた軍政府
②明治時代以後の海軍根拠地
初め多賀城,のち胆沢城 (いさわじよう) ,さらに平泉に移された。鎮守府将軍としては大野東人 (あずまひと) を最初とし,源頼義・清原武則 (たけのり) ・藤原秀衡らが有名。平安中期以後衰え消滅したが,建武の新政で一時復活した。
1876年,横浜と長崎に置かれたのが最初。'89年,横須賀・呉・佐世保・舞鶴の4鎮守府となった。各管区を定めて海上警備を分担した。第二次世界大戦後廃止。

出典:旺文社日本史事典 三訂版
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