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長崎奉行【ながさきぶぎょう】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

長崎奉行
ながさきぶぎょう
江戸幕府長崎においた奉行。幕府遠国奉行の一つ。豊臣秀吉が長崎を直轄地として代官をおき,鍋島直茂,次いで寺沢広高を任じたが,そのあとをうけて江戸幕府は慶長8 (1603) 年に小笠原為宗 (一庵) を奉行に任じた。以後,旗本が任じられ幕末にいたった。任務貿易の監督,外交通商,異国人警備を主とした。初め代官を兼ねたが,のちには町政町年寄の自治にまかせた。人員は1~4名で,1年交代。格式は従五位下諸大夫,高 1000石,役料 4402俵,また輸入品の原価買上げ,商人,地役人の献上する八朔銀の受納など,種々の経済的特権が与えられていた。

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デジタル大辞泉

ながさき‐ぶぎょう〔‐ブギヤウ〕【長崎奉行】
江戸幕府の職名。遠国奉行の一。老中に属し、長崎の民政、貿易・船舶などの管理、諸外国の動静監視および海防などをつかさどった。

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世界大百科事典 第2版

ながさきぶぎょう【長崎奉行】
豊臣秀吉に次いで江戸幕府が,直轄地である長崎においた地方長官。江戸幕府の遠国奉行の一つで老中に属した。初代は1592年(文禄1)秀吉が任じた肥前唐津城主寺沢広高で,江戸開幕から鎖国までは,徳川家康の侍妾お夏の兄である長谷川藤広の権六,豊後府内藩主竹中重義に代表される側近的奉行で,幕府による貿易の掌握,キリシタン禁制にらつ腕をふるい,御用物調達や外国関係事件の処理をめぐって職権を関係諸藩に行使し,またみずから貿易経営者でもあった。

出典:株式会社平凡社
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日本大百科全書(ニッポニカ)

長崎奉行
ながさきぶぎょう

江戸幕府の職名。遠国(おんごく)奉行の一つ。豊臣(とよとみ)政権から引き続き長崎代官の地位にあった肥前唐津(からつ)城主寺沢広高を起源とする。当初は一人役、1633年(寛永10)に二人役となった。以後一人、三人、四人役の時期もあったが、一般に二人役をもって定数とした。このうち1人は長崎に在勤、1人は江戸役宅に勤務、毎年9月に長崎で交代した(1744年〈延享一〉に10月交代となる)。老中支配、役高1000石、役料4402俵1斗、諸大夫(しょだいふ)、芙蓉(ふよう)間詰。属僚に与力(よりき)10騎、同心30人があり(幕末に長崎奉行支配組頭、同支配調役など設置)、御用物役、町年寄をはじめ地役人(じやくにん)を支配し、長崎の貿易、外交、司法、海警、町方行政、計理、地役人人事など行政上の万般をつかさどった。役料のほか公認の収入に、8月朔日(ついたち)に地下(じげ)諸役人、町人、内地商人、唐商、蘭人(らんじん)から贈られる金品「八朔(はっさく)礼銀」、輸入品の元値先買特権であるいわゆる「除き物」の一つである「御調物(おしらべもの)」からあがる益銀、また諸藩からの付け届けがあった。まだこのほかにも相当の裏収入があったものと推測される。役屋敷は岩原郷立山(たてやま)の立山奉行所、外浦(ほかうら)町の西奉行所の2か所であった。目付はじめ役方・番方諸役から補任(ぶにん)されたが、離任後は享保(きょうほう)(1716~36)ころまで退役者が目だち、そののち幕末にかけては勘定(かんじょう)奉行など諸役へ昇進・転出した。

[北原章男]

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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精選版 日本国語大辞典

ながさき‐ぶぎょう ‥ブギャウ【長崎奉行】
〘名〙 江戸幕府の職名。長崎の市政を監督し、中国・オランダとの貿易をつかさどるとともに、諸外国の動静を監察し、九州諸大名を指揮して外寇の備えにもあたった。定員二名。老中の支配に属し、役高千石、役料四四〇二俵一斗、役金三千両、配下に、長崎代官をはじめ、支配組頭、支配調、与力・同心などがいた。
※財政経済史料‐七・経済・外国通商・海外貿易・慶長一六年(1611)八月日「長崎奉行長谷川左兵衛〈略〉着府」

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旺文社日本史事典 三訂版

長崎奉行
ながさきぶぎょう
江戸幕府の職名。長崎を管轄した遠国奉行
幕府直轄都市の長崎に置かれ,外交・貿易・司法事務や市政にあたった。1592年豊臣秀吉が寺沢広高を任じたのが最初。老中に属し旗本から選任された。定員は増減があったが,正徳年間(1711〜16)以後2人を置き,1年交替で勤務した。1808年,フェートン号事件で長崎奉行松平康英は責任をとって自刃した。

出典:旺文社日本史事典 三訂版
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