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長沙【チョウサ】

デジタル大辞泉

ちょうさ〔チヤウサ〕【長沙】
中国湖南省省都洞庭湖南方湘江(しょうこう)下流に位置し、交通の要地。機械紡績などの工業が発達し、農産物集散地。1972年、東郊の馬王堆(まおうたい)で前漢代の古墓が発掘された。人口、行政区212万(2000)。チャンシャー

出典:小学館
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世界大百科事典 第2版

ちょうさ【長沙 Cháng shā】
中国,湖南省の省都で,省の東部湘江の下流沿岸,京広鉄道沿線にある。人口140万(1994)。省の政治・経済・文化・交通の中心地で,長沙県と望城県を管轄する。古くは青陽と呼ばれ,長江(揚子江)流域から広東に通じる最古の交通路上にあり,嶺南に対する軍事的要衝であったため長江以南で最も早くから発達した都市の一つである。春秋戦国時代を通じて楚国の地で,楚人はみずから商(殷)文化の後継者たることを誇りの中原文化と対抗する意識があり,独自の文化を繁栄させた。

出典:株式会社平凡社
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日本大百科全書(ニッポニカ)

長沙
ちょうさ / チャンシャー

中国、湖南(こなん)省東部、湘江(しょうこう)下流部に沿う地級市で、同省の省都。長沙県の県政府も置かれている。別名は潭州(たんしゅう)または星城。岳麓(がくろく)、芙蓉(ふよう)、天心(てんしん)、開福(かいふく)、雨花(うか)、望城(ぼうじょう)の6市轄区と長沙県を管轄し、寧郷(ねいごう)市、瀏陽(りゅうよう)市を管轄代行する(2017年時点)。人口680万3600、市轄区人口318万5000(2015)。秦(しん)代に臨湘(りんしょう)県とよばれ、すでに長沙郡治が置かれていた。漢代に長沙国となり、後漢(ごかん)には長沙郡に復し、隋(ずい)代に長沙県と改称した。隋・唐代には潭州の州治、明(みん)・清(しん)代は長沙府治であった。1933年県の市街地に市制施行。

 亜熱帯季節風気候で、年平均気温は17.2℃。年降水量は1362ミリメートルと豊富。四季の区分は明瞭で、夏と冬はそれぞれ120日程度と長い。春は気温の変化が激しく、初夏には雨が多い。初秋は高温が続き、冬の寒さはあまり厳しくない。鹿児島市と姉妹都市提携を結んでいる。

[河野通博・編集部 2018年1月19日]

歴史

長江(ちょうこう)(揚子江(ようすこう))中流では最古の都市で、交通・軍事上の要衝であった。古来、ミャオ族(苗(びょう)族)、南越に対する防衛拠点で、春秋時代には楚(そ)に属し、南方文化圏の一中心であった。漢以後の臨湘県、隋以後の長沙県にあたる。漢代の長沙国、南朝以後の湘州・潭州と長沙郡・長沙府などの首邑(しゅゆう)であった。乱世にしばしば争奪地となり、1852年太平天国軍に70余日包囲されても陥落しなかった。1927年には、一時中国共産党軍の拠点ともなった。1904年下関(しものせき)条約で開港されたが、対外貿易はあまり発展せず、むしろ奥地の工業都市として栄えている。

[星 斌夫 2018年1月19日]

産業・交通

湘江の水運と京広線が通じる交通の要地である。高速鉄道では京広高速鉄道、滬昆(ここん)高速鉄道(上海(シャンハイ)―昆明(こんめい))が通じ、京港澳(けいこうおう)高速道路(北京(ペキン)―香港(ホンコン)―マカオ)、滬昆高速道路も通る。長沙県にある長沙黄花国際空港は、2011年に第2ターミナルが完成して発着枠が拡大した。

 古くから重要な商業都市であり、中華人民共和国成立後、工業が発展した。食品加工、建設機械、素材産業が工業生産の半分を占めているが、1990年前後に長沙経済技術開発区と長沙ハイテク産業開発区(高新区)が設置されて以降、自動車産業や電子製品製造業の発展も目覚ましい。そのほかには伝統の花火産業と、湖南テレビに代表されるコンテンツ産業が盛ん。地下資源、非金属資源が豊富で、とくに瀏陽の彩色菊花石(きっかせき)は希少な鑑賞石として知られる。伝統工芸として彩色菊花石を使った彫刻のほか、湘繍(しょうしゅう)とよばれる刺しゅう、陶磁器が特産である。

[唐 琳 2018年1月19日]

文化・観光

早くから長江南部の交通・軍事上の中心であって文化も開けていた。1972年に東郊の馬王堆(まおうたい)で発掘された漢代初期の古墓3基(馬王堆漢墓)からは、中国古代史を解明するうえでの貴重な遺物3000点余りが発見され、考古学的に注目される都市でもある。

 長沙はまた中国革命運動史のうえからも重要な土地であり、毛沢東(もうたくとう)の初期の革命活動の舞台であった。清水塘(せいすいとう)の中国共産党湘区委員会旧跡、岳麓山、湖南省立第一師範学校跡、湖南自修大学跡をはじめ多くの革命史跡が残され、それを詠んだ毛沢東の詩によって有名である。毛沢東の最初の妻で革命の犠牲となった楊開慧(ようかいけい)(1901―1930)の墓も故郷の長沙県板倉にある。景勝地として湘江西岸の岳麓山頂の愛晩亭、湘江の中州の橘子州(きっししゅう)などがある。

[河野通博 2018年1月19日]

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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精選版 日本国語大辞典

ちょう‐さ チャウ‥【長沙】
[1] 〘名〙 広大な砂漠。
※海潮音(1905)〈上田敏訳〉象「また岩清水迸る長沙(チャウサ)の央、青葉かげ」
[2]
[一] 中国湖南省の省都。洞庭湖の南方、湘江(しょうこう)の下流東岸に位置する。水陸交通の要地にあり、米、茶、麻布などの集散地。

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