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長門鋳銭所跡【ながとのちゅうせんしょあと】

国指定史跡ガイド

ながとのちゅうせんしょあと【長門鋳銭所跡】

山口県下関長府安養寺にある貨幣製造所。鋳銭所とは、古代に各地に設けられた官営の貨幣の製造所である。長門鋳銭所は、覚苑寺(かくおんじ)境内とその周辺に位置し、史跡地内から、708年(和銅1)から鋳造が開始された和同開珎(わどうかいちん)1枚とその鋳型、鞴口(ふいごぐち)、坩堝(るつぼ)などが出土した。長門鋳銭所は、おそくとも奈良時代の730年(天平2)ごろには鋳造を開始していたと考えられている。和同開珎の鋳造は、長門国のほか、武蔵国(埼玉県)・近江国(滋賀県)・河内国(大阪府)・播磨国(兵庫県)・大宰府(福岡県)の6ヵ所で行われたが、遺跡が確認されたのは長門鋳銭所だけであり、1929年(昭和4)に国の史跡に指定された。長門鋳銭所は、825年(天長2)ごろに廃止され、周防鋳銭司(国指定史跡)に移された。出土品は長門国鋳銭遺物として国の重要文化財に指定されている。JR山陽本線長府駅からサンデン交通バス「城下町長府」下車、徒歩約15分。

出典:講談社
(C)Kodansha 2013.
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日本大百科全書(ニッポニカ)

長門鋳銭所跡
ながとちゅうせんしょあと
山口県下関(しものせき)市長府(ちょうふ)町安養寺の覚苑寺(かくえんじ)境内とその隣接地にあり、和同開珎(わどうかいちん)の鋳造で知られる奈良・平安時代の官営鋳銭所の遺跡。和銅年間(708~715)に開設され、一時廃止されたが818年(弘仁9)復活し、826年(天長3)9月周防(すおう)の鋳銭司(すぜんじ)(山口市)に移るまで鋳造された。寛永(かんえい)年間(1624~44)に和同開珎とその銭范(せんぱん)(銭貨の鋳型)が掘り出され、1929年(昭和4)国の史跡に指定された。第二次世界大戦後発掘の結果、坩堝(るつぼ)や鞴口(ふいごぐち)が出土し、和同開珎や銭范とともに64年(昭和39)国の重要文化財に指定された。しかし整然とした鋳銭司の遺構はみつかっておらず、工房跡も「いさんぼう」とよばれる狭い段丘上に立地し、寺院や民家が建ち保存状態が悪い。[小野忠

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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