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間人皇女【はしひとのおうじょ】

デジタル版 日本人名大辞典+Plus

間人皇女 はしひとのおうじょ
?-665 飛鳥(あすか)時代,孝徳天皇の皇后。
舒明(じょめい)天皇皇極天皇皇女天武天皇の姉。大化(たいか)元年(645)叔父孝徳天皇皇后となる。白雉(はくち)4年天皇との中大兄(なかのおおえの)皇子(天智(てんじ)天皇)が飛鳥遷都をめぐって対立すると,天皇を難波(なにわ)宮にのこし,兄や母にしたがった。子はなかった。天智天皇4年2月25日死去。

出典:講談社
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

世界大百科事典 第2版

はしひとのひめみこ【間人皇女】
?‐665(天智4)
孝徳天皇の皇后。父は舒明天皇,母は皇極天皇で,中大兄皇子(天智天皇)や大海人皇子(天武天皇)の妹にあたる。645年(大化1)皇后となり,遷都によって叔父にあたる孝徳天皇とともに難波に赴くが,653年(白雉4)皇女をめぐってともいわれる天皇と中大兄との不和により,中大兄らが倭京に戻るとき,天皇に従わず,兄や母とともに飛鳥河辺行宮に移った。天皇はこれを恨み皇后に歌を贈ったというが,翌年の天皇の没時に,兄や母とともに再び難波に赴いている。

出典:株式会社平凡社
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大辞林 第三版

はしひとのひめみこ【間人皇女】
?~665 孝徳天皇の皇后。舒明天皇の皇女。母は皇極天皇。653年孝徳天皇を難波に残し、兄の中大兄皇子(天智天皇)、皇祖母命(皇極天皇)とともに飛鳥宮に移った。

出典:三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

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