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間宮林蔵【まみやりんぞう】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

間宮林蔵
まみやりんぞう
[生]安永4(1775).常陸
[没]天保15(1844).2.26. 江戸
江戸時代末期の樺太 (サハリン島) 探検家。本名倫宗 (りんそう) 。寛政8 (1796) 年普請役雇として幕府に出仕,同 12年蝦夷地測量を命じられ,伊能忠敬に測量学を学びながら千島諸島にまで検地を進めた。文化5 (1808) 年普請役格となり,数度にわたり北樺太探検に従事。海峡を横断して満州にいたり,露清国境を視察して帰国,幕府に報告した。文政5 (22) 年普請役。『北蝦夷図説』『東韃紀行』などをわして樺太が陸続きでないことを立証し,また間宮海峡の名を残した。晩年シーボルト事件密告者とされ,人望を失い幕府の密偵となった。

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デジタル大辞泉

まみや‐りんぞう〔‐リンザウ〕【間宮林蔵】
[1780~1844]江戸後期の探検家。常陸(ひたち)の人。名は倫宗(ともむね)。伊能忠敬らに測量術を学び、幕命により樺太(サハリン)を調査。さらに海峡を渡って黒竜江下流を探検し、樺太が島であることを確認した。のち密貿易などの調査に従事し、シーボルト事件密告。著「東韃紀行」「北蝦夷図説」など。

出典:小学館
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デジタル版 日本人名大辞典+Plus

間宮林蔵 まみや-りんぞう
1775-1844 江戸時代後期の探検家。
安永4年生まれ。寛政12年蝦夷地(えぞち)御用掛雇となり,伊能忠敬(いのう-ただたか)に測量術をまなぶ。文化5年松田伝十郎とともに樺太(からふと)を探検,樺太が島であることを確認。これがシーボルトの「日本」で紹介され間宮海峡の名が後世にのこった。晩年は幕府隠密としてはたらいた。天保(てんぽう)15年2月26日死去。70歳。常陸(ひたち)(茨城県)出身。名は倫宗(ともむね)。著作に「北蝦夷図説」など。

出典:講談社
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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

江戸・東京人物辞典

間宮林蔵
1775〜1844(安永4年〜弘化元年)【探検家】樺太を探検、「間宮海峡」を発見した。 常陸国出身。1790年江戸に出て地理学を学ぶ。1799年に蝦夷地に初めて渡り、翌年箱館で伊能忠敬から測量術を学んだ。1808年に樺太に渡り、ロシア半島と思われていた樺太が島であることを確認した。シーボルト事件の密告者と言われ人望を失ったのちは、幕府隠密として長崎に下った。そのシーボルトは、樺太島と中国大陸間の海峡を「間宮海峡」と名づけ、世界に紹介した。日本人の名がついた唯一の地名である。

出典:財団法人まちみらい千代田
監修:江戸東京博物館 都市歴史研究室長 北原 進
(C) 財団法人まちみらい千代田
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世界大百科事典 第2版

まみやりんぞう【間宮林蔵】
1775‐1844(安永4‐弘化1)
江戸後期の北方探検家。名は倫宗(ともむね)。常陸国筑波郡上平柳村(,茨城県筑波郡伊奈町)の農民の子として生まれたが,数学の才が認められて幕府普請役雇,ついで同下役となり,1800年(寛政12)蝦夷地御用雇となって幕吏村上島之に従い蝦夷地(北海道)に渡った。このとき蝦夷地で測量中の伊能忠敬について測量術を学んだ。03年(享和3)西蝦夷地を測量,08年(文化5)幕命により松田伝十郎とともに樺太(サハリン)を探検し,翌年夏再び樺太に渡り,大陸交易に行くギリヤーク人に同行してアムール下流の満州仮府デレンを訪れ,この地の状況を調査した。

出典:株式会社平凡社
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大辞林 第三版

まみやりんぞう【間宮林蔵】
1775~1844 江戸後期の探検家。諱いみなは倫宗ともむね。常陸ひたちの生まれ。幕府の蝦夷えぞ地御用雇となり蝦夷地に勤務、伊能忠敬に測量を学ぶ。千島・西蝦夷・樺太を探検。間宮海峡を発見し、樺太(サハリン)が島であることを実証。シーボルト事件の告発者といわれる。

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日本大百科全書(ニッポニカ)

間宮林蔵
まみやりんぞう
(1780―1844)
江戸後期の探検・測量家。間宮海峡の発見者。生年には1775年(安永4)説もある。名は倫宗(ともむね)。常陸(ひたち)国筑波(つくば)郡上平柳(かみひらやなぎ)村(現、茨城県つくばみらい市)の農業・箍屋(たがや)に生まれる。子供のころより算術の才があったといわれる。地理学者村上島之丞(むらかみしまのじょう)(1760―1808)に規矩(きく)術(三角測量)を学び、1800年(寛政12)蝦夷地御用掛雇(えぞちごようがかりやとい)となる。同年箱館(はこだて)で伊能忠敬(いのうただたか)に会い師事、のち天測術(緯度測定法)を学ぶ。1806年(文化3)択捉(えとろふ)を測量、1808年調役下役元締松田伝十郎(1769―1843)と樺太(からふと)に派遣され、伝十郎は西海岸、林蔵は東海岸を調査。翌1809年アイヌの舟で海峡を渡り黒竜江下流地方を探検、樺太が島であることを確認した。1812年再度蝦夷地に渡り、伊能忠敬の未測量地域の海岸を実測、1821年(文政4)完成した忠敬の『大日本沿海輿地(よち)全図』には、林蔵の測量が生かされているといわれる。1822年江戸に帰り普請(ふしん)役、1824年安房(あわ)上総(かずさ)御備場掛手附(おそなえばがかりてつき)を命ぜられ、東北地方の東海岸を巡視、以後、外国船渡来の風聞や密貿易調査の隠密(おんみつ)活動に従事。1828年林蔵の届出により、シーボルトと幕府天文方高橋景保(かげやす)との交流が明らかになり、これがシーボルト事件の発端となるが、シーボルトの著作『日本』により間宮海峡は世界的に有名になる。1834年(天保5)以降、林蔵は海防問題を通じて水戸藩と接触、藤田東湖(とうこ)らと交わったが、弘化(こうか)元年2月26日に没する。おもな著書は『東韃(とうだつ)紀行』(『東韃地方紀行』)、『銅柱余録』など。[船津 功]
『洞富雄著『間宮林蔵』(1960/新装版・1986・吉川弘文館) ▽赤羽栄一著『間宮林蔵』(1974・清水書院/清水新書)』

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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精選版 日本国語大辞典

まみや‐りんぞう【間宮林蔵】
江戸後期の探検家、測量家。林蔵は通称。名は倫宗。常陸国(茨城県)の人。伊能忠敬に測量術を学ぶ。北樺太を探検し、単身小舟で韃靼(だったん)海峡を横断して樺太が島であることを実証した。著に「東韃紀行」「北蝦夷図説」などがある。安永四~弘化元年(一七七五‐一八四四

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旺文社日本史事典 三訂版

間宮林蔵
まみやりんぞう
1775〜1844
江戸後・末期の北方探検家
常陸 (ひたち) (茨城県)の人。伊能忠敬 (ただたか) に測量術を学んだ。1803年幕命で西蝦夷 (えぞ) 地を見し,'08年には樺太 (からふと) から海峡(間宮海峡)を渡って黒竜江下流を踏査し,樺太が島であることを確認し,幕府に復命した。そのようすは著書『東韃 (とうだつ) 地方紀行』に詳しく記されている。なお,シーボルト事件の密告者としても知られる。

出典:旺文社日本史事典 三訂版
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