●陰陽寮【おんようりょう】
ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
陰陽寮
おんようりょう
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デジタル大辞泉
おんよう‐りょう〔オンヤウレウ〕【▽陰陽寮】
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おんよう‐の‐つかさ〔オンヤウ‐〕【▽陰陽▽寮】
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世界大百科事典 第2版
おんみょうりょう【陰陽寮】
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日本大百科全書(ニッポニカ)
陰陽寮
おんみょうりょう
大宝・養老令制下の官司。中務省(なかつかさしょう)の被管。758年(天平宝字2)藤原仲麻呂による官号改易で大史局(たいしきょく)と改められたが、仲麻呂失脚後、旧に復した。天文・気象の観測や、暦の作成、時刻の測定などを職掌とした。陰陽師(おんみょうじ)が6人所属し、吉凶・禍福を占ったほか、陰陽博士が1人いて10人の陰陽生(おんみょうしょう)に教授した。暦については、暦博士(れきはかせ)が1人おり、暦を作成するとともに10人の暦生を教えた。暦は前年に造り、11月1日に寮から中務省に送られ、中務省から直接天皇に奏上された。その後、内外の諸司に配られることとなっていた。天文については、天文博士が1人所属して観測し、祥瑞・災異に関わる異変があれば、密封して奏上した。なお、奏上後に、季ごとに中務省に送付して、歴史書編纂の素材とすることになっていた。また、天文博士は天文生10人を教えた。時刻については、漏刻博士(ろうこくはかせ)が2人いて、守辰丁(しゅしんちょう)20人を率いて水時計により時刻を測定し、鐘鼓によってこれを知らせた。祥瑞災異思想に基づく天皇の支配を現実に機能させる役割を果たすとともに、天皇が時間をも支配するという観念を暦・漏刻により象徴的に実現させた。
[古尾谷知浩]
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精選版 日本国語大辞典
おんよう‐りょう オンヤウレウ【陰陽寮】
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