@niftyトップ

辞書、事典、用語解説などを検索できる無料サービスです。

陸軍総裁【りくぐんそうさい】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

陸軍総裁
りくぐんそうさい
江戸幕府職名。文久1 (1861) 年幕府は陸軍総裁をおき,陸軍に関する総務を轄させた。初代総裁は徳島藩蜂須賀斉裕が就任したが,これは名目的なもので設置後すぐに廃止。慶応2 (66) 年再設され,田野口藩老中格松平 (大給〈おぎゅう〉) 乗謨 (のりかた) が兼任し,次いで同4年勝海舟専任となり,同年4月廃止された。 (→陸軍奉行 )

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル大辞泉

りくぐん‐そうさい【陸軍総裁】
江戸幕府の職名。幕府陸軍の総轄者。文久2年(1862)設置、慶応4年(1868)廃止。

出典:小学館
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:田中牧郎、曽根脩
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典 第2版

りくぐんそうさい【陸軍総裁】
幕末の江戸幕府陸軍の総轄者。幕府は軍制改革の過程で1862年(文久2)西洋式の陸軍三兵を組織し,元帥に相当する陸軍総裁職を設け,12月8日徳島藩主蜂須賀斉裕(なりひろ)を任じた。翌年1月斉裕が辞任の後,陸海軍総括は老中の任務となり,64年(元治1)から65年(慶応1)にかけては海陸軍総奉行兼帯の老中格松前崇広(たかひろ)が陸海軍行政の専任を務めた。66年(慶応2)老中格松平乗謨(のりあきら)が陸軍総裁となり,海軍,国内事務,外国事務,会計の各総裁にもそれぞれ老中が任じられ,67年6月幕閣の五局専任制が発足した。

出典:株式会社平凡社
Copyright (c) Heibonsha Limited, Publishers, Tokyo. All rights reserved.

日本大百科全書(ニッポニカ)

陸軍総裁
りくぐんそうさい

幕末期、陸軍の事務を総轄した江戸幕府の職名。1862年(文久2)の幕府の軍制改革案では、海軍総裁に次ぐ第二位に置かれていたが、海軍改革案は実現せず、陸軍総裁が同年12月18日設置された。これは三兵(歩・騎・砲)を統轄した陸軍奉行(ぶぎょう)の上位にあり、蜂須賀斉裕(はちすかなりひろ)(阿波(あわ)藩主)が任じられた。66年(慶応2)12月からは老中格松平(大給(おぎゅう))乗謨(のりたか)(信濃(しなの)田野口(たのくち)藩主)が兼任し、68年一月より勝義邦(かつよしくに)(海舟(かいしゅう))が軍艦奉行から就任、同年4月に辞任、廃止された。

[田中 彰]

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

精選版 日本国語大辞典

りくぐん‐そうさい【陸軍総裁】
〘名〙 江戸幕府の職名。文久二年(一八六二)一二月に設置され、陸軍に関する事務を総轄させたもの。慶応四年(一八六八)廃止。〔続徳川実紀‐文久二年(1862)一二月一八日〕

出典:精選版 日本国語大辞典
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

陸軍総裁」の用語解説はコトバンクが提供しています。

陸軍総裁の関連情報

関連キーワード

炭酸塩岩脈文久サルデーニャ王国ドストエフスキーオセアニア史(年表)タンホイザービットリオ・エマヌエレ[2世]ブラームスリストリムスキー・コルサコフ

他サービスで検索

(C)The Asahi Shimbun Company /VOYAGE MARKETING, Inc. All rights reserved.
No reproduction or republication without written permission.

アット・ニフティトップページへ アット・ニフティ会員に登録

ウェブサイトの利用について | 個人情報保護ポリシー
©NIFTY Corporation