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難波【なにわ】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

難波
なにわ
現在の大阪市およびその周辺地域の古称。「浪速」「浪華」とも書く。大化前代には海上交通の要地として栄え,なかでも三韓の朝貢以来,外国使臣接待用として鴻臚館 (こうろかん) が設けられ,朝廷の対外交渉の中心となり,聖徳太子によって四天王寺が建立された。また,短期間ではあったが,たびたび皇居の設置をみた (→難波京 ) 。このような事情から,難波を含む摂津には国司をおかず,摂津職がおかれたが,桓武天皇のとき廃された。この難波が大坂の名で呼ばれるようになったのは,本願寺蓮如が生玉荘大坂に道場を建ててからのことである。この地はのち豊臣秀吉によって支配され城が築かれたが,豊臣氏滅亡後大坂城代によって支配された。現在の大阪市の難波 (なんば) は,海電鉄,近鉄,地下高速鉄道のターミナルとなっている。

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難波
なんば
大阪市中央区南西部から,浪速区にまたがる繁華街。南海電鉄難波駅付近一帯の地。明治初期までは近郊農業地帯であったが,1884年阪堺鉄道 (現南海電気鉄道) が開通,翌年の難波駅開設以来,千日前とともに急速に発展し,心斎橋筋や道頓堀と一体となって大阪随一の繁華街「ミナミ」を形成する。現在は近畿日本鉄道線,地下鉄線も集中する一大ターミナルで,劇場,映画館,遊技場,飲食店などが多く,地下は商店街をなす。難波駅周辺から南側は浪速区で,府立体育館を中心に一大スポーツ・アミューズメントセンターが形成されている。

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デジタル大辞泉

なにわ〔なには〕【難波/浪速/浪華/浪花】
大阪市付近の古称。特に、上町(うえまち)台地の北部一帯。仁徳天皇難波高津宮孝徳天皇難波長柄豊碕宮(ながらのとよさきのみや)など、たびたび皇居が造営された地。また、一般に、大阪のこと。
(浪速)大阪市中部の区名。道頓堀川の南、木津川の東の地域。今宮戎(えびす)神社新世界通天閣がある。

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なんば【難波】
《「なにわ(難波)」の音変化》大阪市の中央区から浪速区にまたがる地名。道頓堀千日前などとともに「ミナミ」と称される繁華街をなす。→梅田

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世界大百科事典 第2版

なにわ【難波】
現在の大阪市の上町台地北半部を中心とする地域の古称。おおむねもとの摂津国東成,西成両郡の地にあたる。淀川と近世につけかえる以前の大和川とが合流して大阪湾に注ぐ地をふくみ,古代以来交通の要衝として栄え,いまに至る。《日本書紀》では神武天皇が日向より東征して〈難波之碕に到る〉とあるのが初見。そのに,潮が急なので浪速国といい,また浪花ともいったとある。《古事記》も神武天皇条では〈浪速之〉とするが,それ以外では難波と記す。

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なにわ【難波】
能の曲名。脇能物。神物。世阿弥(1363?‐1443?)時代からある能。シテは王仁(おうにん)。旅行中の朝臣(ワキ)が摂津の難波に着くと,老人(前ジテ)と若者(ツレ)が梅の木陰を清めているのに出会い,名高い難波の梅について,仁徳天皇と縁の深いことなどを教えられる。老人は,仁徳帝の仁政について詳しく物語り(〈クセ〉),自分は当時百済国(はくさいこく)から来た王仁であると身の上を明かして消える。夜になると,梅の神霊である木花開耶姫(このはなさくやひめ)(ツレ)と王仁(後ジテ)が現れ,姫の舞(〈天女ノ舞〉)に続いて王仁が舞楽(〈楽(がく)〉)を奏し,天下太平を祝福する(〈ロンギ〉)。

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なんば【難波】
古く難波(なにわ)の地があるが,現在は大阪市中央区南部から,浪速区北東部一帯にまたがる地域の総称。江戸初期の難波村は,いまの西区の一部にもまたがる広い範囲であったが,市街の発展とともにしだいに南方に縮小され,現在は町名として中央区に難波・難波千日前,浪速区に難波中が残されているだけである。江戸時代にはアイ()の栽培が盛んな農村地帯で,阿波藍の濃色用に対する薄色用の難波水藍として知られていた。また隣村木津のあたりまで5,6町の間に,難波市場と呼ばれる朝市が立ち,木津市場の延長をなした。

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大辞林 第三版

なんば【難波】
大阪市浪速なにわ区・中央区にまたがる繁華街。道頓堀の南から難波駅にかけて広がる。

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精選版 日本国語大辞典

なんば【難波】
(「なにわ(難波)」の変化した語)
[1]
[一] =なにわ(難波)〔色葉字類抄(1177‐81)〕
[二] 大阪市中央区・浪速区にまたがり、南海電鉄の難波駅を中心とする地域の通称。近畿日本鉄道・市営地下鉄四つ橋・御堂筋・千日前の各線が通じる。道頓堀・千日前・戎橋筋などを含む、いわゆる大阪ミナミの繁華街として発達。
[2] ネギを用いた料理にいう語。難波煮、難波漬などがある。また、「南蛮」の字をあてて呼ぶようになったものもある。
[語誌]→「なんばん(南蛮)」の語誌

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旺文社日本史事典 三訂版

難波
なにわ
現在の大阪地方の旧称
古くから海上交通および西国と中央を結ぶ要衝として栄え,仁徳天皇の高津宮,大化の改新に際し孝徳天皇の難波長柄豊碕宮 (ながらとよさきのみや) ,奈良時代に聖武天皇の難波宮が造営された。律令制では国司に代わって摂津職 (せつつしき) を置いたが793年廃され,国司が置かれた。中世,蓮如 (れんによ) が道場(石山坊,のち石山本願寺)をたて,その寺内町が近世大坂の母体となった。

出典:旺文社日本史事典 三訂版
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