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霊元天皇【れいげんてんのう】

美術人名辞典

霊元天皇
第百十二代天皇後水尾天皇の第十九皇子。母は新広義門院藤原基子。名は識仁、幼称は高貴宮。長期間廃絶していた大嘗祭立太子等、朝儀の大典を復興した。在位23年で東山天皇譲位、以来院政を行なう。和歌を能くし、後西天皇より古今伝授を受け、六千首に及ぶ詠歌と多数の著書を遺す。享保17年(1732)崩御、79才。

出典:(株)思文閣

デジタル大辞泉

れいげん‐てんのう〔‐テンワウ〕【霊元天皇】
[1654~1732]第112代天皇。在位1663~1687。後水尾天皇の皇子。名は識仁(さとひと)。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plus

霊元天皇 れいげんてんのう
1654-1732 江戸時代前期,第112代天皇。在位1663-87。
承応(じょうおう)3年5月25日生まれ。後水尾天皇の第19皇子。母は藤原国子(新広義門院)。異母兄後西天皇の譲位をうけて10歳で即位。幕府は4代将軍徳川家綱,5代綱吉の時代にあたる。貞享(じょうきょう)4年譲位,その後東山・中御門(なかみかど)天皇の2代46年間院政をおこなう。和歌や漢詩,書道,絵画をよくした。享保(きょうほう)17年8月6日死去。79歳。墓所は月輪陵(つきのわのみささぎ)(京都市東山区)。幼称は高貴(あての)宮。諱(いみな)は識仁(さとひと)。法名は素浄。著作に「霊元院修学院御幸宸記(しんき)」など。
格言など】名ある者はやがて雲井に聞えあげよ聞きて我が代の楽にせむ(「霊元院御集」)

出典:講談社
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世界大百科事典 第2版

れいげんてんのう【霊元天皇】
1654‐1732(承応3‐享保17)
第112代に数えられる天皇。在位1663‐87年。名は識仁(さとひと)。後水尾天皇の第19皇子。誕生の年に兄後光明天皇の猶子となり,早くから皇嗣に予定されていたが,1663年(寛文3)10歳で後西天皇の譲りを受けて践祚した。87年(貞享4)皇子東山天皇に譲位したが,93年(元禄6)まで院政を行った。ついで1713年(正徳3)落飾,法名を素浄と称した。英明剛毅で学問を好み,文芸の才に富んだが,ことに歌道にすぐれて詠歌は6000首を超え,歌道関係の著述も30余種に上る。

出典:株式会社平凡社
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大辞林 第三版

れいげんてんのう【霊元天皇】
1654~1732 第一一二代天皇(在位1663~1687)。名は識仁さとひと。後水尾天皇第一九皇子。

出典:三省堂
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

霊元天皇
れいげんてんのう
[生]承応3(1654).5.25. 京都
[没]享保17(1732).8.6. 京都
第 112代の天皇 (在位 1663~87) 。後水尾天皇の皇子。母は藤原国子。名,識仁 (さとひと) 。幼名,高貴宮 (あでのみや) 。寛文3 (63) 年践祚,同年4月即位。延宝8 (80) 年父後水尾法皇の没後初めて政を司った。貞享4 (87) 年皇太子朝仁親王 (東山天皇) に譲位。正徳3 (1713) 年剃髪して素浄といった。享保6 (21) 年初めて修学院離宮御幸が行われ,以後春秋遊幸の地とされた。『修学院御幸宸記』 (『元陵御記』) がある。孝霊,孝元2帝の諡字により霊元院と号された。陵墓は京都市東山区今熊野泉山町の月輪陵。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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日本大百科全書(ニッポニカ)

霊元天皇
れいげんてんのう
(1654―1732)
第112代天皇(在位1663~87)。第108代後水尾(ごみずのお)天皇第18皇子。名は識仁(まさひと)。生母は新広義門院基子(贈左大臣園基音女)。中宮は新上西門院房子(関白鷹司教平(たかつかさのりひら)女)。1713年(正徳3)剃髪(ていはつ)、法名を素浄という。朝廷の典礼故実の保存復興に関する事績が少なくない。享保(きょうほう)17年8月6日崩御。御陵は京都東山今熊野にあり、月輪(つきのわ)陵という。[辻 達也]

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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367日誕生日大事典

霊元天皇 (れいげんてんのう)
生年月日:1654年5月25日
江戸時代前期;中期の第112代の天皇
1732年

出典:日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」
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精選版 日本国語大辞典

れいげん‐てんのう ‥テンワウ【霊元天皇】
第一一二代天皇。名は識仁(さとひと)。後水尾天皇の第一九皇子。母は権大納言園基音の女、国子。寛文三年(一六六三)に即位。在位二四年で貞享四年(一六八七)に譲位。陵は京都市東山区の月輪陵。承応三~享保一七年(一六五四‐一七三二

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